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603 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 15:07:32.28 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

 

* * *

 

数日後

 

 

 

剣士「わーっ……海だ」

 

勇者「塔が近づいてきたね。ここから先は魔王軍に侵略された土地だ」

 

勇者「今日はこの海辺の町に泊まろうか……」

 

勇者「満月の夜は、明日だ。夜までには塔に辿りつけるだろう」

 

剣士「うん」

 

剣士「もう旅もこれで終わりだね」

 

剣士「宿屋に行ったら海に行こうよ。日没までまだちょっと時間があるでしょ」

 

勇者「いいよ」

 

剣士「やった!じゃあ決まり!早く宿とろう!」グイ

 

勇者「うわっ」

 

 

 

 

剣士「海がオレンジ色だ。夕日が真ん丸でおもしろいね」

 

勇者「眩しいな……」

 

剣士「まだ水はちょっと冷たいや。貝殻集めようっと。勇者もやろうよ」

 

勇者「僕はいいよ。ここにいる」

 

剣士「えー」

 

 

――――――――――――――――――――――――――

604 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 15:10:24.56 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

剣士「勇者っ見てこれ。誰かが捨てたビン。久しぶりにね、手紙を書こうかなって」

 

勇者「ちょうど目の前に海もあるしね」

 

剣士「そうそう」

 

 

 

剣士「……あれっ……」

 

勇者「……」

 

剣士「寝ちゃったんだ。相変わらず寝顔……いや言うと怒るからやめとこ」

 

 

 

 

 

 

 

ザザン…… ザザン……

 

 

 

剣士「これでよしっと……」

 

剣士「えい」

 

 

ポチャン

 

 

剣士「いつか誰かに届くかなぁ」

 

剣士(……届くわけないよね。こんな広い海なんだから)

 

剣士(5通目の手紙はたぶん書けないだろうなー)

 

剣士(勇者は魔族と不可侵条約を結べるって信じてるのかもしれないけど、

   私は……本当の本当にそんなことできるのかなってちょっと不安)

 

剣士(たぶん、話し合いで終わるわけないって思ってる)

 

剣士(これ以上なくすわけにはいかない。守らなくっちゃ)

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

605 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 15:13:51.87 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

 

勇者「書き終わったの?」

 

剣士「えっ!? ゆ、勇者起きてたの!?」

 

勇者「いや、いま起きたんだ」

 

剣士「なんだ、そっか」

 

勇者「でもその反応……もしかして僕のこと変な風に書いた?」

 

剣士「かか書いてないよ。変な風には。変な風には!」

 

勇者「慌てるところが怪しいな」

 

剣士「だめだめ!ボトルとりに行こうとしないで!なんも書いてないってばっ」

 

剣士「ていうかほらもうこんな暗いし、宿に戻ろうよ!ね!」

 

勇者「あ、本当だ。そうだね、帰ろうか」

 

 

 

 

勇者「……」

 

勇者「ずいぶん遠くまで来ちゃったね」

 

剣士「……うん。ほんと」

 

勇者「明日晴れるかな」

 

剣士「晴れるよ多分。私、晴れ女だし。勇者は晴れ男でしょ」

 

剣士「旅立ちの日のこと覚えてる?雲ひとつないきれいな青空だったな」

 

勇者「そうだったね」

 

勇者「確かに……見事な青空だった。あの日も」

 

 

剣士「……」

 

剣士「……やっぱりもうちょっと海にいない?」

 

勇者「寒くない?」

 

剣士「平気平気! もうちょっとだけ、海を見ていたいの」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

606 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 15:16:17.04 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

 

勇者「……」

 

剣士「ところで勇者。もしかして最後の呪文読めるようになったのかな」

 

勇者「はっ!?」

 

剣士「あ。やっぱりそうなんだ」

 

勇者「な、なんで」

 

剣士「勘。 そっかー、読めるようになっちゃったんだ。その呪文は何を代償にするのかな」

 

剣士「……言わなくても分かってるよ。どうせその呪文、一回きりしか使えないものなんでしょ」

 

剣士「君の命が代償なんでしょ。大体想像はつくよ。なんて嫌な魔法」

 

勇者「……」

 

剣士「勇者が使うって決めたなら、使ってもいいよ。私は止めない」

 

勇者「え」

 

剣士「でもその時は……私もいっしょに」

 

剣士「……いいよね?」

 

 

勇者「…………それじゃ、意味がない」

 

勇者「意味がないんだ」

 

剣士「ずっといっしょって言ったじゃん」

 

剣士「生きるのも死ぬのも、私はどっちだっていいの。いっしょにいれたらどっちでも」

 

剣士「ほんとだよ」

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

607 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 15:21:53.77 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

 

 

勇者「……」

 

剣士「ああっ カニだ!! 勇者!見てほら、このカニ白い!!すごい!!」

 

勇者「……」

 

剣士「勇者ってば! ゆ……勇者? あのう……」

 

勇者「……」

 

剣士「カ、カニがほら……勇者の指はさみではさんでるんだけど……い、痛くないのかな」

 

勇者「痛い」

 

剣士「だ、だよね。……なんで私の顔そんなに見るの?なんかついてる?ていうかカニとろうよ……。

   もういいよ、とってあげる。うわっ はさまれたところ赤くなってるよ」

 

剣士「……あれっちょっと、手離して。ど……どうしたの? なんか変だよ!?」

 

剣士「ねーーーっ ほんとに手は離して!!」ブンブン

 

剣士「私、指太いし……マメとかできてるしっ、爪割れちゃってるし、あんまり見られたくないっていうかその~~ね、ほら」

 

勇者「そんなのどうだっていいよ」

 

剣士「よくないよ馬鹿!」

 

 

勇者「……前にひどいこと言ってごめん」

 

剣士「えっ?ああ、うん、いいよ、別に」

 

勇者「僕もずっと前から君のことが好きだった」

 

剣士「……えっ」

 

剣士「ええっ?……え……」

 

勇者「……」

 

 

剣士「……で、でも勇者は巨乳の女の子が好きなのでは……?????????」

 

勇者(……僧侶……)ガク

 

勇者「断じてそんなことはない。というか別に君だって……」

 

剣士「ぎゃーっ どこ見てんの馬鹿じゃないの意味わかんない!!」

 

 

 

 

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608 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 15:29:57.01 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

 

勇者「…………」

 

勇者「……、それだけ言えてよかった」

 

剣士「ほ、ほんとに?」

 

勇者「うん」

 

剣士「……ありがと」

 

勇者「僕の方こそありがとう」

 

勇者「……生きるのって、全然思い通りにいかないし、悲しいことや苦しいことばっかりだけど」

 

勇者「生まれてきてよかった。本当によかった」

 

勇者「…………」

 

勇者「もう戻ろうか」スッ

 

剣士「あ、待って」ガシ

 

 

バターン

 

 

勇者「歩きだした瞬間に足首を掴むのはやめてくれ。こうなる」

 

剣士「あはは、ごめんごめん」

 

剣士「それで本当に終わり? なんか言いたそうだったから」

 

勇者「……終わりだよ」

 

剣士「うそだ。もう自分にも私にも嘘つくのやめてよ。嘘をつく度悲しくなるのは勇者なんだから」

 

剣士「ちゃんと全部言って」

 

勇者「なんでもないって」

 

剣士「言わないと」

 

剣士「泣くよ。私が」

 

勇者「ええっ」

 

 

 

剣士「……最後なんだから……ちゃんと本当のこと言ってよ……」

 

勇者「……」

 

剣士「誰にも言わないから。言っちゃいけないことでもなんでもいいよ」

 

勇者「……ちがうって」

 

剣士「私のこと好きなんでしょっ!? じゃあ言って、全部聞かせて、ちゃんと言ってよぉっ」グス

 

勇者「うっ」

 

 

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609 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 15:34:59.71 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

勇者「……っ」

 

 

勇者「……僕は」

 

勇者「……誰にも許されないとしても……」

 

勇者「明日も明後日もその先も…………生きたい」

 

勇者「……どんなに生きるのが辛くても、君と生きたい」

 

勇者「…………」

 

勇者「死にたくない」

 

勇者「……君と……一秒でも長くこの世界で生きていたい……っ」

 

 

 

勇者「だから……全て終わった後に、世界中から僕といっしょに逃げてほしい」

 

勇者「それでずっといっしょにいてほしい」

 

勇者「君のことをまた危険に晒してしまうけれど、僕が絶対にまもるから」

 

勇者「……いっしょに生きてほしい」

 

 

 

剣士「……」

 

剣士「もちろん」

 

剣士「やっと本当の気持ち言ってくれたんだね」

 

剣士「……どんな言葉より嬉しいな」

 

剣士「世界中のどんな敵よりも君のこと守ってあげる!」

 

剣士「生きるのがどんなに辛くっても二人でいれば何にも怖くないよ」

 

剣士「……ね!」

 

 

 

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610 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 15:40:32.50 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

 

* * *

 

 

 

宿

 

 

 

勇者「明日は何時ごろに出発しようか」

 

剣士「7時くらいかな? って言ってもどうせ勇者は起きられないだろうから私が起こしてあげるよ」

 

勇者「こんなときくらい、ちゃんと起きられるよ」

 

剣士「本当かなあ」

 

勇者「さすがに大丈夫だって」

 

 

勇者「今日は早く寝ようか。じゃあ、おやすみ」

 

剣士「……あ、待って。あ、あのさ。勇者は大人になったら何になりたいの?」

 

勇者「え? うーん……正直全然分からないんだ。あんまり考えたことなくって」

 

剣士「だったら学校の先生とかいいと思う!勇者あたまいいし!魔族の言葉だってすぐ覚えたじゃない!」

 

勇者「そんなによくないよ。剣士は……何になるつもりなんだ?」

 

剣士「……うん。あのね、笑うかもしれないけど。私、楽器を弾く人になりたいなって」

 

剣士「雪の国でね、チェロ弾きのおじいさんに会って、落ち込んでたけどすごく励まされたから

   私もあんな風に音楽を弾けるようになりたいなってずっと思ってたの」

 

剣士「剣も好きなんだけどね。音楽を勉強しようかなって」

 

勇者「剣士が音楽を……?」

 

剣士「うん、変かな……ってめちゃくちゃ笑ってる!!なんなのすごい失礼!!」

 

勇者「ちゃんと弾けるの?」

 

剣士「弾…………けないかもしれないけどいっぱい勉強して弾くの!!楽譜も読めるようになるんだからね!!

   もーーーっ笑うのやめてよ!上手く弾けるようになっても勇者には絶対聴かせないからね!」

 

 

 

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611 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 15:46:38.28 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

 

 

勇者「ごめん。ちょっと立って」

 

剣士「? はい」

 

 

ギュッ

 

 

剣士「ふぎゃっ!!?」

 

勇者「……」

 

勇者「そんな尻尾踏まれた猫みたいな声出さなくても……」

 

剣士「だだだだだだだだってゆゆゆゆゆうしゃが」

 

勇者「どんなに下手でもいいから一番最初に聴かせてほしいな」

 

剣士「あ、う、うん、別にそれは、全然いいよ、うん、えっと、うん、ね」

 

 

剣士「……いっぱい練習して、いつか勇者に聴かせてあげるね」

 

勇者「楽しみにしてる」

 

剣士「背、伸びたね……前は私と変わらなかったのに」

 

勇者「そうかな」

 

剣士「うん。伸びたよ。手も……なんかおっきいし、声もいつの間にかちょっと低いし

   ……なんだかこうしてるとちょっと恥ずかしい……かも」

 

勇者「……剣士」

 

剣士「もう女の子に間違われないね!」

 

勇者「…………………………………………」

 

勇者「そんな過去は一切ない。

   大体あったとしても……幼児のころは男女の差なんてあんまりないわけだからそういうことは日常茶飯事だと言える」

 

剣士「えー幼児のときじゃないよ。ほら12歳のとき学校でさ……」

 

勇者「覚えてないっ!!!全っ然分からないなあ……ところで剣士は何の楽器を弾きたいと思ってるの?」

 

剣士「いやほらあったじゃん、午後の授業で村の外から来た先生が……」

 

勇者「何の楽器が弾きたいんだっ!?」

 

剣士「楽器? うーんそうだね、やっぱりあのおじいさんみたいにチェロとか。おっきくてかっこいいのがいいな!」

 

勇者「チェロか、うん、いいと思うよ」

 

勇者「……うん」

 

勇者「すごくいいな」

 

剣士「でしょ? すぐ上手くなるから楽しみにしててね。勇者」

 

 

 

 

 

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612 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 15:57:13.88 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

第一章 幻想の水平線

 

 

 

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613 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 16:00:05.93 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

 

 

剣士の攻撃!

魔族Aは気絶した!

 

勇者の攻撃!

魔族BCDは逃亡した!

 

 

剣士「……やっと塔の頂上に来れた……」ハアハア

 

勇者「夜に間に合った。……満月だ」

 

勇者「転移魔法陣が浮かび上がった。魔王城に繋がる陣だね」

 

剣士「……」

 

勇者「行こう」

 

 

 

 

 

 

ヒュン

 

 

 

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614 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 16:04:57.88 ID:ykIdgyRXo

 

 

魔王城

 

 

 

勇者「ここが……」

 

剣士「魔族領の中心地、魔王の住まう場所……魔王城」

 

剣士「さすがに雰囲気あるけど……夜だからだね!!夜だからちょっと不気味なだけだね!

   昼だったら全然怖くないもんね!!」

 

勇者「てっきり途中で炎竜が襲ってくると思ったんだけどな」

 

勇者「なんか引っかかるな。

   やっぱりこれは罠で、もしかして王都が今……」

 

勇者「……考えても仕方ないな。もう来てしまったんだから。

   僕は僕にできることをしなくては」

 

剣士「うん、そうだよ」

 

勇者「……行こうか」

 

剣士「うん」

 

 

 

 

 

剣士「……」

 

剣士「……だれもいないね……」

 

勇者「静まり返ってる……」

 

 

ボッ

 

 

剣士「なっなに」

 

勇者「廊下の燭台に次々に火が灯って……奥に続いて行ってる。

   こっちに来いって言っているんだろうね」

 

剣士「……誰が!?」

 

勇者「そりゃ……魔王が」

 

剣士「あ、そっか」

 

剣士「それにしても大きな城……暗くってよく見えないけど」

 

勇者「敵がいなくて正直助かった。こんな広い城じゃ、魔王のいるところに辿りつくまで満身創痍になりそうだ」

 

剣士「回復薬とかもうほとんど使っちゃったもんね……」

 

勇者「でもこれで、最後だ」

 

勇者「……これで最後。今日で全て終わらせる」

 

 

 

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615 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 16:12:47.52 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

魔王「……」

 

魔王「来たか……」

 

 

魔王「私が魔王だ。お前が勇者だな」

 

勇者「……そうです」

 

魔王「思っていたより若いな……。お前のような若輩者に……私の部下が何人もやられたとは信じがたいことよ」

 

魔王「……ふん。年など関係ないか」

 

魔王「今更言葉を交わすのも無粋だな。では、始めるとするか」

 

魔王「我々のために死んでくれ。勇者」

 

勇者「待ってください。僕たちは戦いに来たのではありません……実は」

 

 

 

 

魔王「……ほう。不可侵条約とは……。おかしなことを言う」

 

勇者「ですが、」

 

魔王「信じられると思うか?そのような口約束に過ぎぬ条約など……結んだところで何も変わりはしないだろう。

   どうせ勝機が見えたら10年経たぬうちに条約など破棄するに決まっている」

 

魔王「お前たち人間はいつもそうだな。表面では友好的な態度をとっても……

   腹の内では約束を破棄してでも相手を出し抜くことだけ考えている」

 

魔王「我々魔族は一度信用した相手は二度と裏切らぬし、約束は永遠に守り続ける。

   我々の生き方は人にとっては愚直だと映るかもしれんがな」

 

勇者「口約束ではありません」

 

勇者「一度した契約を違えたら命を奪うような術があります。その術を使えば……」

 

魔王「ほう……いまお前の身にかけられている魔術か?」

 

勇者「!」

 

剣士(……?)

 

勇者「……。魔法に長けてる魔族ならその術をもっと改良できると思います」

 

 

 

 

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616 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 16:16:50.83 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

 

魔王「私に平和条約を持ちかける勇者の身に、そのような術をかける人間か……」

 

魔王「百歩譲ってお前は信用できても、ほかの人間は信用できんな」

 

勇者「でも……!」

 

魔王「……これ以上無駄だ。しかし、そうだな……私に勝てたら条約を結ぶのも吝かではない」

 

魔王「これでいいか?」

 

魔王「では戦おう」

 

 

 

魔王が襲いかかってきた!

 

 

 

勇者「……くっ……」

 

剣士「勝とう。勇者」

 

剣士「これで全部終わりだよ!」

 

勇者「……ああ!」

 

 

 

 

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――――――――――――――――

―――――――――――

 

 

 

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617 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 16:21:13.22 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

―――――――――――

――――――――――――――――

―――――――――――――――――――

 

 

ドサッ

 

 

 

魔王「……ゴホッ……ゴホ、ゴホ」

 

魔王「はあ……はあ……」

 

魔王「ふ……強いな。私の敗北だ……」

 

 

 

剣士「……はあ……はあっ……か、勝った?」

 

剣士(なんか様子が変……?)

 

勇者「約束です……条約を結んで下さい……!」

 

勇者「今日で戦争は終わりにしてください」

 

 

 

魔王「……」

 

魔王「二つ謝らねばならんことがある」

 

勇者「えっ……?」

 

魔王「まず私は……もう魔王ではない」

 

剣士「!?」

 

魔王「条約締結の決定権は既に私の手にはない……」

 

剣士「どっ、どういうこと?」

 

魔王「二つ目だ」

 

魔王「私が今日勇者を城に招いたのは、戦うためでも……話し合うためでもない」

 

魔王「私は生きすぎた。どのみち病で間もなく倒れるこの身なら……惜しむまい」

 

魔王「私の跡は、息子が継いでくれる」

 

勇者「何をする気だ……!?」

 

魔王「……道連れだ……」

 

 

 

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618 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 16:23:13.41 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

 

カッ

 

 

 

勇者(!! 自爆……!?)

 

勇者(最初から……このつもりで……!)

 

剣士「……!」

 

勇者「剣士……っ!!」

 

 

 

 

 

――――――――――――――・・・・

 

 

 

剣士(……)

 

剣士(……)

 

剣士(……う……ん?)

 

剣士(あれ……私なにしてたんだっけ。

   なんか……重っ……なに?)

 

剣士「……げほっ げほ……あ、あれ?勇者だ……」

 

剣士「勇者。勇者? ねえどうしたの?勇者」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

剣士「……ゆうしゃ……?」

 

剣士「ゆうしゃ……や、やだ……うそだよねっ」

 

剣士「いっしょに……いきようって……言ってくれたじゃん」

 

剣士「起きて……起きてよぉ……」

 

剣士「起きてっ……勇者ってば……!!」

 

 

 

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619 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 16:32:15.30 ID:ykIdgyRXo

 

 

太陽の国

 

 

 

炎竜「間もなく王都だな。事前に決めた通りに動くぞ」

 

竜「了解」

 

 

炎竜「……ふむ」

 

兄「……」

 

炎竜「魔王様のことが気になるか」

 

兄「いや……違う」

 

炎竜「嘘をつくな。何年お主のことを見てきたと思っている。

   ……行け」

 

兄「炎竜」

 

炎竜「もともとこの国はわしの担当だ。お主の力を借りずとも、竜族だけで十分」

 

炎竜「行ってこい」

 

兄「……」

 

兄「悪い」

 

炎竜「気にするな」

 

 

 

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620 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 16:34:26.21 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

 

 

勇者「………………」

 

剣士「うぅ……っ」

 

 

 

勇者「……げほっ」

 

剣士「ふぇっ!?!?」

 

勇者「げほげほっ……はあ」

 

剣士「ゆっ……!? え……っ!? あ、あれ……っ!?」

 

勇者「……なんで……泣いてるの?」

 

剣士「だ、だって勇者が死んじゃったから……!!!」

 

勇者「……あれ。生きてる」

 

剣士「わああああああんっ よがっだぁぁぁ」ガバ

 

勇者「わっ……」

 

 

 

 

勇者「でも、自爆に巻き込まれたはずだったのに……何故無事なんだろう」

 

剣士「あ。私の剣が、あんなところに飛んでる。しかも粉々だし」

 

剣士「もしかして……剣が守ってくれたのかな」

 

勇者「……そうか」

 

勇者「でも自爆前提としても、さすが魔王だな」

 

剣士「……ね。私たちボロボロだもんね」

 

勇者「もう魔王じゃないって言ってたけど、どういうことだろう。

   また新しい魔王を見つけ出して話をつけないといけないのか……骨が折れるな」

 

勇者「……はあ。とにかく今日はもう王都に戻ろう。

   魔力もほとんど使ってしまったし、これ以上魔族領にいるのは危険だ」

 

剣士「そうだね。これからのことはまた考えよう。……んっ?」

 

剣士「あっ、……あのー、剣拾ってきてくれる?

   こ、腰抜けちゃったみたい……あはは」

 

勇者「いいよ」

 

 

スタスタ……

 

 

勇者(剣……もう修復はできそうにないな)

 

勇者(……魔王は跡かたもない……。僕たちを道連れにして死ぬために、ずっとここで待っていたのか……)

 

勇者(……)

 

 

 

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621 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 16:43:59.40 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

ギィ……

 

 

勇者「?」

 

勇者「剣士?扉からでなくても、転移魔法で」

 

勇者「帰れ……る」

 

 

剣士「…………だれ?」

 

勇者「……!?」

 

 

兄「…………」

 

兄「貴様らが生き残ったのか……」

 

兄「炎竜に感謝しなければ。」

 

 

兄「危うく取り逃がすところだった……!!」バチチ

 

 

剣士「……っ!?」

 

兄「どちらが勇者だ? ……どちらでもいいか」

 

兄「お前からだ」

 

剣士「!」

 

勇者(間に合えっ……!!)タッ

 

 

 

シュンッ

 

 

 

兄「!」

 

兄(転移魔法か……)

 

兄(逃がさん。ここで必ず仕留める)

 

 

 

 

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622 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 16:49:55.37 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

 

ヒュン

 

 

 

勇者「はあっ……はあ、 ……え!?」

 

勇者「王都じゃない……!? ここは魔王城の中だ」

 

勇者「転移魔法の妨害?さっきの男がやったのか? まさか」

 

 

勇者「剣士! しっかりしろっ」

 

剣士「……」

 

勇者(さっきの男の攻撃が掠ったのか。外傷はないけど……意識が朦朧としてる)

 

 

勇者(……)

 

勇者(魔族領のど真ん中、僕たちの国までどれくらいの距離があるのかもわからない。

   転移魔法が使えなければ帰れない……)

 

勇者(……いや、確か塔から魔王城に続いてたあの魔法陣は、僕たちが使っても消えてなかった。

   もしかしてあれならいけるかもしれない)

 

 

勇者(でも)

 

 

カツン……カツン……カツン……

 

 

 

勇者(遠くで足音が聞こえる。あの男が追ってきてるんだ。

   きっとあいつが魔王なんだろう)

 

勇者(一瞬で分かったけど、戦った方の魔王よりずっと強い)

 

勇者(あいつはいずれここにもやってくる。逃げても……追いつかれる。そうしたら二人とも殺される。

   剣士はこんな状態だし、剣は折れてしまったし……僕ももう強力な魔法は……)

 

勇者「…………」

 

勇者「巻き込むわけにはいかない。そうだ、僕が勇者なんだから。ここで決着をつけないと」

 

 

 

 

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623 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 16:54:12.89 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

 

勇者「剣士。剣士、聞いてくれ」

 

剣士「……う」

 

勇者「体が動くようになったら、君一人でここに来た魔法陣から王都へ帰るんだ。聞こえてる?」

 

剣士「…………勇者……は……?」

 

 

 

勇者「ごめん。約束破ってばっかりだね」

 

勇者「最後に残ってる魔力は全部君に使うよ。

   やっぱり……君には生きてほしいんだ」

 

 

剣士「……ゆ……」

 

勇者「僕は本当に最初から、色んな人に勇者らしくないって言われて

   自分でもそう思ってたんだけど」

 

勇者「それでも勇者として生きようって思えたのは剣士のおかげなんだ……」

 

勇者「世界を守りたかったわけじゃない。

   君がずっと笑ってられる世界を守りたかった」

 

勇者「君が僕を勇者にしてくれたんだ」

 

勇者「今までずっと……」

 

勇者「そばにいてくれてありがとう」

 

 

 

剣士「まって……」

 

剣士「……まってよ……」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

624 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 16:57:31.97 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

カツン……

 

 

 

兄「……」

 

勇者「僕が勇者だ」

 

勇者「君が魔王か」

 

兄「そうだろうな」

 

勇者「じゃあ条約締結の決定権は君にあるんだ。

   もうこれ以上戦争を長引かせるのはやめよう」

 

勇者「お互いこれから侵略行為はやめにすると誓っ……」

 

兄「黙れ」

 

兄「貴様らの言葉など二度と信用しない。大体……そんなもの、こちらに何のメリットがある?

  勇者はここで殺される。散々手こずった貴様が死ねば、大陸制圧も楽に進むだろうな」

 

兄「条約などと語っているが、要は命乞いだろう」

 

兄「耳を貸すつもりはない。死ね」

 

勇者「……そうか」

 

勇者「じゃあ君をここから生きて帰すわけにはいかない」

 

兄「ハッ……ははははは」

 

兄「そんな台詞を吐ける立場か!? 魔力もほとんどその身に残っていない貴様が?

  俺の目には立っているのもやっとといった風に映っているが、気のせいか?」

 

勇者「今から使う術は、魔力を消費するものじゃない」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

625 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 17:00:58.87 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

 

 

勇者は呪文を唱えた!

兄の背後に冥界の扉が開いた!

 

 

兄「なに……!?」

 

勇者「……くっ……」

 

 

兄は冥界に引きずり込まれる!

 

 

兄「なんだこの術は!? ……くそっ、離せ!」

 

兄「貴様!! 貴様なんぞに……人間なんぞに俺までやられてたまるかっ!!」

 

兄「こんなところで死ぬわけにはいかない」

 

兄「俺は……っ!」

 

勇者「ぐっ……早く閉まってくれ……っ」ガク

 

兄「必ず……」

 

勇者(閉まれ!早く……!)

 

勇者「早く死んでくれっ……」

 

兄「貴様らを」

 

兄「根絶やしに……」

 

 

 

ギギギギギギギ……

 

 

……バタン。

 

 

 

勇者「はあっ、はあ、はあ、はあ」

 

勇者「ああ……」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

626 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 17:18:26.33 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

――――――――――――――――

――――――――――

 

 

 

兄(ああ……)

 

兄(死んでしまったのか)

 

兄(……妹にも父上にも、死んだ魔族にも申し訳が立たん)

 

兄(俺は……何一つ、成し遂げられずに……死んでしまった)

 

兄(………………)

 

 

 

兄(……?)

 

 

 

 

「兄さん!」

 

 

 

兄(これは……?)

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

627 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 17:19:52.88 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

 

 

 

「そんな未来が真実あるとするのなら、今俺たちが行っていることはなんだというのだ。

  俺は……俺だって……殺さずにいられたら、何も奪わずにいられたらそれが最良だ……しかし」

  

「もう戦争は始っていて、終わらせねばならん。未来がどうあれ、決着をつけねば。

  そしてそれは、俺たちの勝利という形でなければならない。敗北者には死と屈辱が待っているのだから」

  

「勝利も敗北も無意味だっていうことに、いつか兄さんも気づくわ。

  それでも戦うというなら……」

 

「私の大切な兄さん。世界でたったひとりの兄さん……」

  

「本当は、私の魔力は何かの水晶にでも封じようかと思ってたのだけど、全部兄さんへのおまじないに使うね」

 

「私のほとんどすべての魔力を使った、最後の魔法だよ」

  

「何をするつもりだ?」

 

「兄さんが大ピンチに陥ったときに、きっとこの魔法が兄さんを守ってくれる。とびきりの魔法なの」

 

「……魔力のほぼすべてを……本気なんだな」

 

「もう必要ないのよ」

 

 

 

 

 

「だからこの魔法がいつか大好きな兄さんのこと、守ってくれますように!」

 

 

 

 

 

兄「……!」

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

628 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 17:21:46.04 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

 

 

勇者「はあっ、はあ、はあ……終わった……」

 

勇者「ぼくも……もう……」

 

 

 

 

勇者「はあっ……はあ……。 ……?」

 

 

 

ギギギ

 

 

 

勇者「え………………?」

 

 

 

ギギギギッ……ギイィ……

 

 

 

兄「…………がはっ」

 

兄「やってくれたな……勇者」

 

勇者「な……なんで」

 

勇者「いきてっ……?」

 

兄「俺の、勝ちだ」

 

兄「ははは。はははは。はははは」

 

兄「死ね」

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

629 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 17:23:18.50 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

 

勇者は上を見た。

 

幾多の剣が天井を埋め尽くさんばかりにして、矛先を勇者に向けていた。

 

兄が指先を動かした。

 

 

 

飛び散った血が、随分離れたところにいる兄の頬にまで付着すると

 

彼はそれを嫌そうに拭った。

 

 

 

 

勇者は死んだ。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

630 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 17:24:48.73 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

 

兄「おい」

 

部下「ハッ」

 

兄「片づけておけ」

 

部下「いかように」

 

兄「好きにしろ。用はない。捨てるなり焼くなり食うなり……何でもいい」

 

部下「はい」

 

 

部下「王子。……右腕は……」

 

兄「チッ……忌々しい勇者め」

 

兄「利き腕と、魔力半分持っていかれた。先ほどから試しているが、回復する見込みはなさそうだ」

 

兄「……あんな術を……人間ごときが……」フラ

 

部下「随分とお疲れのようです。お休みになられては」

 

兄「……あとは頼んだ……」

 

 

 

 

 

兄「ああ、それと」

 

兄「もう一人、城にいる」

 

兄「そいつも始末しとけ」

 

部下「かしこまりました」

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

631 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 17:26:02.88 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

 

* * *

 

 

 

剣士「……」

 

剣士「……」

 

剣士「うっ……?」

 

 

剣士「ここは?」

 

剣士「……牢? 暗くてよく見えない」

 

剣士「……えっと、魔王倒して……でももう一人きて、剣がなくって」

 

剣士「私……」

 

剣士「あっ そうだ……勇者!」

 

剣士「いない。別のところに捕えられてるのかな……」

 

剣士「……探しに行かないと。とにかくこの牢を……ってあれ?

   鍵かかってないよ。私も拘束されてないし、捕えとく気あるのかな」

 

剣士(でも好都合だ。多分ここ……まだ魔族領だよね。見つからないよう慎重に行動しなくちゃ)

 

 

 

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632 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 17:27:32.46 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

 

剣士「……」

 

剣士(てっきり魔王城の地下牢かなって思ってたんだけど、城っていうより広い民家……?)

 

剣士(人間の家とはちょっと違うけど、やっぱり家だよね、これ。

   柱とか家具とかすごい大きいな)

 

剣士(部屋がいっぱい。この中のどれかの部屋に、たぶん勇者は……いる。

   早く見つけ出さないと)

 

剣士(……あれからどれくらいの時間が立ったんだろう。窓を見たら、外は夜だったけど……。

   捕えられてるのに私が無傷だったってことは、勇者も無事……だよね)

 

剣士(てことは、あの赤い目の男と話をつけられたのかな。

   平和条約、結べたのかも。じゃあ、もう戦争は終わりだ)

 

 

 

ガチャ

 

 

 

剣士(ここにもいない)

 

 

 

ガチャ

 

 

剣士(……キッチン……かな)

 

剣士(大きいまな板。使われた形跡のある鍋……まだ温かいや。

   ここの家主の魔族は今食事中か)

 

剣士(……包丁、護身用にいちおう持っとこうかな。使いにくそうだけど)

 

剣士(血が付いてるから適当に拭って……ってなんかこれじゃ私が殺人鬼みたい)

 

剣士「そんなこと言ってらんないか」

 

 

 

剣士「……!」

 

剣士(二階から、いま声が……)

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

633 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 17:29:26.91 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

二階

 

 

 

剣士(なにかしゃべってる。けど、魔族の言葉だから分かんないや)

 

剣士(とにかく、ちょっと扉の影で様子を窺おう……)

 

 

 

 

 

子「え~~~ これだけなの?」

 

父「我がまま言うなよ。これでもお父さん頑張っておこぼれもらってきたんだぞ」

 

母「そうよ……ほら、いただきますしましょ」

 

子「はーい。いただきまーす」

 

父「……ん。うん。ああ、なかなかうまいな、やっぱり」モグモグ

 

母「まっ、私の料理の腕もあるんでしょうけどね!」

 

父「ははは、そうだな」

 

子「ほんとだ!おいしい!」モグモグ

 

父「今日はお前の誕生日だからな。お前が立派な魔族の男になれるように、いっぱい食べるんだぞ」

 

子「はーい」モグモグ

 

母「ふふ……それで、これがメインよ」

 

父「今日の目玉料理はこちら! なんつってな、ハハハ!」

 

母「もう、寒いわよ」

 

子「わあっ すごいっ!!」ガタッ

 

母「あ」

 

 

ガシャンッ

 

 

父「おいおい、なにやってんだ。うわあ」

 

母「やだ、どうしよう。もったいないわ」

 

母「とにかくアレを探して。どっかに転がっちゃったかしら」

 

 

 

 

剣士「……?」

 

剣士(あ、何かこっちに転がってきた)

 

剣士(どうしよう? 魔族もこっちに探しに来るかもしれないし、一階に一旦)

 

剣士(移動して……)

 

 

コロコロコロコロ……

 

 

 

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634 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 17:31:13.75 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

 

コロコロ……

 

 

……。

 

 

剣士(…………?)

 

剣士(なんだろ、これ。ボール?)スッ

 

剣士(……ひっ!! めめめめめめっめめめ目玉っっ)

 

剣士(おおおおちっ落ち着いて……!動揺したら私がいることばれるっ!!)

 

剣士(とりあえずゆっくり音をたてずにコレを床に置いて、)

 

剣士(…………)

 

剣士(…………あれ)

 

 

 

 

 

剣士(この目)

 

剣士(見たことある)

 

剣士(……えっと どこだっけ)

 

剣士(森の色……深い緑の優しい色)

 

剣士(ゆっくり瞬きする癖が好きだったな)

 

剣士(ずっと見てきた緑色)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

剣士「……」

 

剣士「勇者の目だ」

 

 

 

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635 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 17:35:15.61 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

 

剣士「……」

 

 

スタスタ

 

 

父「うわっ……!? なんでここに……?」

 

母「あなた、ちゃんと鍵かけなかったの!?」

 

父「いや、両腕と両足の骨折ったから、どうせ動けないと思って……

  なんでこいつ普通に動けてるんだ?」

 

母「捕まえてよ。明日の分でしょ」

 

父「まあ、こいつは勇者でもなんでもない、ただの人間だからあまり価値もないが……」

 

母「それでも若いメスの食材は貴重じゃない。老いてるのよりはおいしいし」

 

父「そうだな。大人しくしろよ……って、全然暴れてないな」

 

 

 

 

剣士(うそでしょ?)

 

剣士(………………………………………………手)

 

剣士(ああぁぁ……甲に傷……親指の近くの痣…………勇者の手だ……)

 

 

剣士「じゃあっ……じゃあ……、この皿にのってる肉も」

 

剣士「はらわたも」

 

剣士「舌も」

 

剣士「歯も」

 

剣士「全部勇者なんだぁ……」

 

 

剣士「あ……あはっ……勇者のこと食べてたんだぁ」

 

剣士「私の一番大切な人……食べられちゃってるんだ……」

 

剣士「ああ…………」

 

 

 

 

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636 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 17:39:18.61 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

 

 

子「ねえ……お父さんお母さん。この人間、泣いてるよ……?」

 

母「そうねえ……」

 

子「かわいそうだよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

子「お腹すいてるんじゃないのかな?」

 

 

 

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637 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 17:40:27.86 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

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何度吐いても吐いても口の中に無理やり入れられた肉の味とか感触とかずっと残ってて、まだ胃の中にあるような気がして体中の震えが止まらない。半焼けが好きなのかどうか知らないしどうでもいいが、口に詰め込まれたあの人の左手は噛むとじんわり血が滲んで、口腔内に鉄の味が広がった。顎を掴まれて歯が勝手にそれを食む、するとまず肉を食いちぎるあの感触と脂肪が滲みだすあの音が。そして次に歯があの人の骨にかち合って軋んだ。ゴリゴリ。ゴリッ。悪夢だ。何度かそうされるうちに骨は断ち切れなかったけど周囲の肉が噛みちぎれた。グチャっと湿った音がして驚いた瞬間に呼吸といっしょに飲みこんでしまった。私の喉を通って、食道を通って、やがて胃にあの人の肉が。

吐いた。

赤い吐瀉物の中にぷかぷか浮かんでるあの人の骨と皮と脂肪と筋肉と血管と爪を眺める。夢中になって貪るように見つめる。皮膚の下に虫が湧いたように全身が熱くて痒くてたまらない。それでいて氷水のなかにいるみたいに寒かった。だからぶるぶる震えてて自分の体を支えることもできなかった。だれかが笑っている。けたけた楽しそうに笑ってる。子どもは私が吐くのを見てて残念そうな声を漏らすと、いつの間にか私の手から離れてたあの人の眼球を拾って、服で拭って口の中に放り込んだ。

 

 

 

 

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638 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 17:43:38.22 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

 

だから。だからだからだからだからだからだからね取り戻さなくちゃいけなかったから傍らにあった包丁を握ってそいつの口に差しこんだ。両頬を一気に切り裂いてあの人の目をとり返したら、次は咽頭。骨の間に包丁を縦に刺したらそのまま一気に背骨に沿って下へ、足の付け根まで一気に切り開いた。馬鹿みたいに赤いのがそこから噴き出して全身にそれを浴びたら熱湯のようだった。こんなものをずっと怖がっていたなんて愚かしい。ただの水だ。胃と思われる臓器を手で引っこ抜くと、包丁で裂いて中を探す。いない。いないいない。いない。頭をひっつかんで、びくびく痙攣してる体ごと持ち上げると思いっきり床にたたきつけた。うまく頭蓋骨を割れたようだ。脳漿が右目に入ってちょっと痛い。左目だけ開けて脳みその中をかき分けてあの人を探す。が、ここにもいない。あの人がいない。笑い声がうるさい。あと二人残ってる。笑っているのはどっちだ。どっちもか。男の方がこっちに来たから拳を避けるついでに腕を斬りおとす。そろそろ包丁の切れ味が悪いがこれしか武器がないので仕方ない。大きく口を開けたので、そこに刃をつっこんで上あごを切り取った。目が気に食わなかったので二つとも潰した。化け物でも見るような目だ。化け物はどっちだ?そう言えばまだ心臓の中は探していなかった!大事なところなのでそこに匿ってるのかもしれない。胸を裂いて心臓を見つけ出す。丁寧に探してみたけどここにもいなかった。それから全身を探してみたけど結果はいっしょだった。残り一人。顔をひきつらせて笑い声をあげながら、逃げようとするので今度は足から切った。まだ笑っている。気がくるっているのか?うるさいので喉を潰す。「エサじゃないんだよ」何が?「お前らのエサになるために勇者は生まれてきたわけじゃないんだよ」なにを言っている?あの人はエサになんかなってない。エサになんてなるわけない。そんなこと私が許さない。でも、見つからない。見つからない。見つからない。見つからない。心臓にも脳にも胃にも腸にも腕にも脚にも目にも食道にも肺にも血管にもどこにもいない。見つからない。見つからない。見つからない。見つからない。見つからない。見つからない。見つからない。見つからない。見つからない。見つからない。ついにだれもいなくなった。なのにおかしい。笑い声が止まない。誰かがずっと耳元で笑っている。狂った笑い声をあげている。

気づいた。

笑っているのは私だ。

 

 

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639 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 17:49:05.40 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

 

 

剣士「あはははははははっあははははははははっあはっははははははっはははははは、ははははっははは」

 

剣士「変なの!全然おもしろくないのに笑いが止まんないよ! あははははっきゃはははははきゃはははっはは」

 

剣士「くるっちゃったんだ! あはははっあはっははははは!! 私っくるっちゃったんだ!あはははは!!」

 

剣士「本当はずっと前から壊れてたんだけどね!でもあの人がいたから平気だっただけ!きゃはははははははははは」

 

剣士「あは」

 

剣士「…………」

 

剣士「…………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 

 

 

 

剣士(……ええと)

 

剣士(包丁。包丁どこやったっけ)

 

 

剣士(……首でいいかな)

 

 

 

 

 

――ザシュッ

 

 

……ドサッ……

 

 

 

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640 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 17:54:34.38 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

剣士「なんちゃって♪」

 

剣士「全部うそだよ」

 

 

 

 

剣士「うん。びっくりした?全部うそなの。どこからうそかって言うと、最初からだね」

 

剣士「そう、ぜんぶ作り話なんだ。私の妄想」

 

剣士「戦争なんてないし、『勇者』も『魔王』もいないし、何から何までぜーんぶうそ」

 

剣士「だってこんなひどい話現実にあるわけないでしょ?」

 

剣士「本当にあるお話はね……戦いなんてないの。

   朝起きて、家族と喋って、ご飯食べて、友だちに会って、学校に行くか仕事して、夜になったら遅くなる前に寝なくちゃね」

 

剣士「平凡で、どこにでもありふれてる日常だよ。特別なことなんて全然起きないよ」

 

剣士「こんな話……おもしろくないよね」

 

剣士「つまんないよねっ……」

 

剣士「……でも私にとっては大切な……」

 

剣士「とっても大切な……」

 

剣士「私だけの」

 

剣士「……」

 

 

剣士「この話は、だからもう終わり」

 

剣士「もう見ないでね。さようなら」

 

剣士「誰にも見られたくないの。私だけのものだから」

 

剣士「じゃあね」

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641 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 17:56:02.41 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

剣士「……」

 

剣士「見ないでよ」

 

剣士「見るなって言ってんじゃん」

 

剣士「…………見ないでよ……」

 

剣士「…………やめて……」

 

剣士「もうやめて……」

 

 

 

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642 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 17:57:25.94 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

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少女「じゃあ……いくよ?」

 

少年「うん」

 

少女「……」

 

 

 

ギイ~~~~~ッ

 

 

少女「……」

 

少年「……うっ、ん……」

 

少女「笑わないって言ったじゃん!!!」

 

少年「わ、笑ってないよ」

 

少女「肩震えてるよっ!! どんなに下手でもいいって言ったの勇者じゃん!!」

 

少年「やっぱりさ、チェロはちょっと難しいんじゃないの?なんか支えるので精いっぱいって感じになってるよ」

 

少女「でもこれがいいんだもん……」

 

少女「ううっ やっぱり音楽の才能ないのかも」

 

少年「そんなことないよ。もう一回やってみよう」

 

少女「……うん」

 

 

 

 

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643 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 18:00:02.07 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

 

 

少年「……?」

 

少女「どうしたの?」

 

少女「あれ……海? この村の丘から……海なんて見えたっけ」

 

少女「きれい」

 

少年「……今……あの海の向こうから誰かが僕のこと、呼んだ気がしたんだ」

 

少女「海の向こうから?」

 

少年「……いつかあの水平線の先に行かなくちゃ」

 

少年「何故だかそんな気がするんだ……」

 

少女「……」

 

 

 

少女「だめ」

 

少年「え?」

 

少女「行っちゃだめ」

 

少女「お願いだから、どこにもいかないで」

 

少女「ここにいて……!」

 

 

 

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644 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 18:02:39.10 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

第零章 SEULE!

 

 

 

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645 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 18:03:36.42 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

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剣士「……首を掻き切ったはずなのに、血がいっぱいでたのに、どうして私はまだ生きてるのかな」

 

剣士「……傷が治ってる」

 

剣士「なんで?」

 

剣士「これじゃ死ねない」

 

 

グサッ グチャッ ザク ブチュッ ザグッ グサ

 

 

剣士「死ねない、死ねない、死ねない、死ねない、死ねない、死ねないっ!!」

 

剣士「みんなのところにいかせてよおっ!!」

 

剣士「はあっ……はあっ……あ゛あああぁぁぁっ……痛い、痛い、痛いよ……」

 

 

 

カランッ……

 

 

 

剣士「……はあ、はあ……」

 

剣士「……?」

 

 

 

剣士「……剣……」

 

剣士「剣だ」

 

 

 

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646 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 18:05:53.10 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

 

剣士(私の剣じゃない……王都の図書館の地下にあった……あの剣)

 

剣士(私も勇者も鞘から抜けなかった緋色の剣)

 

剣士(さっきまで、ここになかったはずなのに……)

 

 

 

カチャッ

 

 

 

剣士(…………)

 

剣士「ねえ」

 

剣士「君の名前、もう一度教えて」

 

 

 

剣士「……ああ、そう」

 

剣士「『魔剣』……『アルファルド』。孤独の星」

 

剣士「だから、あのときの私には抜けなくって」

 

 

スッ

 

 

剣士「今の私に、抜けるんだ」

 

剣士「……」

 

剣士「いいよ。君に私の命も心も――全部あげる」

 

剣士「だからいっしょに、戦ってよ」

 

 

 

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647 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 18:11:08.87 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

 

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少女「お願いだから、どこにもいかないで」

 

少女「ここにいて……!」

 

少女「外の世界は危ないんだよ」

 

少女「どうしても、行くって言うんなら、私もいっしょについていく」

 

少女「君のこと、私が守るから!」

 

少女「……えっ……あれ?勇者? どこ行っちゃったの?」

 

少女「……勇者! どこ?」

 

 

 

 

剣士「ばーか」

 

 

剣士「勇者はもういないよ」

 

 

少女「えっ……」

 

剣士「お前のせいで死んだんだ」

 

剣士「弱いくせにそうやって我儘言って困らせて、結局いっつも守られてる」

 

剣士「……でも……」

 

剣士「ひとりでなんて戦ってほしくなかったから……っ」

 

剣士「…………もう何もかも遅いけど」

 

剣士「罪を犯したなら罰を受けて償わなければならない」

 

剣士「私が償う」

 

剣士「お前が罰を受けるんだ」チャキ

 

少女「……や、やめて」

 

少女「勇者っ……!」

 

 

 

剣士「……だから」

 

剣士「もういないって」

 

 

 

 

ザシュッ

 

 

 

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648 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 18:12:43.76 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

第一章 夢のあとに

 

 

 

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649 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 18:15:10.85 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

太陽の国 王都

 

 

騎士団長「国王様の避難が完了した! まかせて悪かったな、私もいま戦う。戦況は?」

 

副団長「団長!……戦況ははっきり言って最悪です」

 

副団長「上から竜族が火吹いて街を燃やすわ、地上からはオークやミノタウロスなんかの魔族が押し寄せてくるわで住民の避難もままなりません!」

 

副団長「上にいて手出しできないドラゴンは弓兵が、地上の魔族は騎士が抑えてますが……

    もう間もなく第三区も突破されそうです」

 

団長「特にドラゴンが強敵だな。弓が全く効いておらんではないか!なんて頑丈さだ……!」

 

 

オーク「……」

 

副団長「くそっ!絶対にここから先の侵入は許さない」

 

副団長「うおおおおお!」

 

オーク「がああああああっ!」

 

 

 

魔術師「好き勝手燃やしてくれてるわね!……もう!こんな中心街にまで火の手が!まだ人々の避難が完了してないのに」

 

魔術師「そうそこ。建物が火で崩れそうなところ! みんなで一斉に結界を張るよ。せーの」

 

魔術師「……うん、ここはあなたたちにまかせるから!私は前線に行って弓兵のサポートを……」

 

部下「あっ!魔術師さん!」

 

魔術師「!? ドラゴン!」

 

 

バリーンッ

 

 

魔術師「い、一撃で数人態勢の結界を? そ、そんなぁ」

 

竜「……」カパ

 

部下「魔術師さん!!逃げてください! 竜のブレスです!」

 

魔術師「じゃあこんなの、どうやって防ぐのよっ……!」

 

 

 

 

ピシャーン!

 

 

 

竜「ガッ」フラフラ

 

魔術師「……!?」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

650 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 18:16:49.47 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

弓兵「な、なんだ!? 空から雷が竜にいきなり落ちて……」

 

 

副団長「……! これは、」

 

副団長「勇者の魔法だ!!!!!!!!!!!!!」

 

団長「うるさい! 報告が聞こえんだろうが!!」

 

副団長「あいつっ! 帰ってきたのか!!!」

 

副団長「どこに…… あっ」

 

副団長「剣士くん……!?!? 剣士くんじゃないか!!!!!!」

 

 

剣士「……」

 

 

副団長「この血は一体……怪我をしているのか!? 神官!こっちに来てくれ!!負傷者だ!急ぎで頼む!!」

 

剣士「無傷だよ」

 

副団長「そ、そうかっ!!よかった……!! 魔王との話し合いはどうなったんだ?」

 

副団長「それに、勇者はどこだ?転移魔法で一緒に帰ってきたのだろう?」

 

剣士「勇者はいないよ」

 

副団長「……?? どういうことだ……? さ、さっきの雷魔法は勇者しか使えない魔法だろう!?」

 

剣士「……竜……」

 

剣士「炎竜……」

 

副団長「……剣士くん……? どうした? 勇者に何か……あったのか?」

 

 

ダッ

 

 

副団長「あっ おい!!剣士くん!!どこに行くんだ!」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

651 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 18:20:37.29 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

 

 

 

時計塔 螺旋階段

 

 

タッタッタッタッタ……

 

 

剣士「『勇者』のものであるはずの魔剣を抜いたのは私」

 

剣士「転移魔法を使ってここに帰ってきたのも私」

 

剣士「勇者が使ってた雷の魔法を使えたのも私……!」

 

剣士「そんな馬鹿な話ってある?……偶然じゃあり得ないよね?」

 

剣士「あはははっ!そうだよね、そっちの方が……『おもしろい』もんねっ!!」

 

剣士「ああ神様っ!!! 神様!! 私たちの尊き創造主様!!」

 

剣士「いつかあなたも殺しに行きます!!」

 

 

 

 

バンッ!!

 

 

 

炎竜「……む」バサバサ

 

 

剣士「最後の四天王。炎竜」

 

剣士「死んで」

 

 

炎竜「なんだ貴様は?」

 

炎竜「……その剣は……」

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

652 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 18:22:39.95 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

 

炎竜「その剣は貴様が持っていいものではない!! 今すぐ返せ!!」

 

剣士「お前たちこそ返せ」

 

剣士「私から奪ったもの全部返せ」

 

剣士「それができないんだったら、黙って今すぐここで死ね」

 

炎竜「随分と生意気な口をきく……いいだろう、その身全て燃やしつくしてくれよう」

 

 

 

剣士が襲いかかってきた!

 

 

炎竜のドラゴンブレス!

剣士は炎に突っ込んだ!

 

 

 

剣士「……」タンッ

 

炎竜「!?」

 

 

剣士は剣を振りかぶった!剣士の攻撃!

 

 

――――ヒュッ……

 

 

炎竜「がっ……」

 

炎竜「な……にぃ……!!」

 

 

剣士「あは。真っ二つだ」

 

 

 

炎竜は地に落ちた。

炎竜を殺した。

 

 

――――――――――――――――――――――――――

653 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 18:24:45.37 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

ドサッ!!

 

 

神官「!? いま屋根のうえに落ちたのって……!!」

 

 

 

神官「ひい、ふうふう…… ああっやっぱり剣士さん!全身ひどい火傷だ……!!というか何故上空から……!?」

 

神官「すぐに治癒魔法をっ」

 

剣士「いい」

 

神官「へっ!?い、いや放っておいたら死んじゃいますよ!!」

 

剣士「すぐ治る」タッ

 

神官「ちょっと!!剣士さんっ!!?」

 

剣士「時間がないんだから」

 

剣士「邪魔しないでよ」

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

654 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 18:26:16.74 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

 

* * *

 

 

国王「王都の半分が燃えてしまい、死傷者は約600人……住民の三分の一か」

 

国王「……傷は大きいな。しかし……よく竜族たちの攻撃を凌いでくれた。

   王都が完全に陥落しなかったのもここを守ってくれたお主たちのおかげだ」

 

団長「……いえ、それが。その……我々だけではもっと被害は甚大だったかと……」

 

魔術師長「あの子です。勇者の仲間の剣士。あの子が急に現れて、魔族を斬っていきました」

 

国王「剣士はいまどこに?」

 

副団長「魔族の襲撃から姿が見えないのです。……いま部下に探させております」

 

国王「そうか……。しかし、剣士とともに魔王城に赴いた勇者はどこなのだ?」

 

団長「あれから勇者の姿を見た者は……おりません」

 

魔術師長「恐らく……」

 

魔術師「そんなっ」

 

国王「勇者が……。……もしそうだとしたならば……もう我々が魔王軍に対抗できる術はない」

 

魔術師長「もう、終わりですね……」

 

 

 

 

バタン

 

 

 

剣士「…………………………………………………………」

 

 

副団長「剣士くん!!一体いままでどこにっ……」

 

魔術師「剣士っ……」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

655 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 18:28:00.21 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

魔王城

 

 

ざわざわ ざわざわ

 

 

 

竜「炎竜様がやられた……赤い剣をもったやたら強い人間がいて、仲間が次々と沈んでいった」

 

魔族A「炎竜様も! ということは王都制圧は失敗に終わったのか?」

 

魔族B「四天王様が全員やられた……数百年四天王を務めてきたあのお方たちだぞ、そうそう後釜なんているもんか」

 

側近「加えて魔王様も……お亡くなりになりました」

 

魔族C「でも勇者は死んだんだろう!?」

 

魔族A「し、しかし次期魔王様の王子も……い、いまお休みになられてるそうじゃないか」

 

側近「利き腕と魔力半分を勇者との戦いで失われました。大変お疲れのようで、仰る通りお休みになられてます」

 

竜「魔力半分って……」

 

魔族B「なんか随分流れが変わってしまったじゃないか。

    魔王様も、四天王様もいなくなって……姫様も亡くなって……王子も深手を負った……」

 

魔族B「これで、勝ち目はあるのか……?」

 

魔族A「俺たち魔族の未来はどうなるんだ?」

 

魔族C「もう……終わりだ………………」

 

側近「……滅多なことを言うものではありませんよ」

 

 

 

ガチャッ

 

 

 

兄「…………………………………………………………」

 

 

 

側近「あっ……まだお休みになられていた方が」

 

 

 

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656 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 18:29:20.51 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

 

 

 

 

 

「「まだ終わっていない」」

 

 

 

 

 

 

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657 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 18:30:31.28 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

 

剣士「戦争はまだ続いてる」

 

兄「そして、俺が終わらせる」

 

 

 

剣士「人類の勝利と」

 

兄「魔族の勝利と」

 

 

剣士「魔族の敗北によって。」

 

兄「人間の敗北によって。」

 

 

剣士「私が絶対終わらせるよ」

 

兄「俺が、必ずこの手で終わらせてやる」

 

 

 

 

 

勇者「私が勇者だ」

 

 

魔王「俺が魔王だ」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

658 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 18:32:38.68 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

 

勇者「魔王が何人でてきたって四天王が何人でてきたって、どうでもいいよ」

 

勇者「邪魔する奴は全員斬り伏せる」

 

勇者「とくにあいつ。赤い目のあの男。あいつが……きっと今の魔王なんだ」

 

勇者「あいつだけは楽に死なせてなんかやらない」

 

 

 

魔王「王都に現れた赤い剣の娘だと?そいつは魔王城に来ていた勇者の仲間だ」

 

魔王「……赤い剣……魔剣か? ならばその人間が新しい勇者だな」

 

魔王「ハッ……勇者が何人いようが全員仕留めるだけだ」

 

魔王「俺の邪魔はさせん」

 

 

 

 

 

勇者「次会うときまで待ってて、魔王」

 

魔王「次相まみえるときまで首を洗って待っていろ、勇者」

 

 

 

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659 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/01(火) 18:33:20.95 ID:ykIdgyRXo

 

 

 

 

 

「「ぶっ殺す」」

 

 

 

 

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664 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/04(金) 23:50:41.02 ID:gGyhfRijo

 

 

第二章 おお死よ、星屑よ

 

 

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665 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/04(金) 23:52:51.70 ID:gGyhfRijo

 

 

 

副団長「ふう……。どうだろうか」

 

魔術師「なかなかいいと思うよ。花も供えて……っと」

 

勇者「……」

 

副団長「王都にも彼の墓がつくられたが、やはり故郷に眠りたいだろうと思ってね……。

    あっちにあるもののように立派なものではないが」

 

魔術師「……ねえ、本当に彼は……死んでしまったの?」

 

勇者「死んだよ」

 

副団長「……。しかし、彼が死んでそのすぐ後に剣士くんが「勇者」になることなど、あり得るのか?

    それに勇者の魔法が後天的に使えるようになるなど聞いたことがない」

 

勇者「後天的に使えるようになることはあったみたいだよ。司書が言ってたもん」

 

魔術師「し、司書?だれ?」

 

勇者「あの人が死んですぐ後に私が勇者になったことから、私分かったの。

   勇者の選別は偉大な偉大な神様によって、確かになされてるってね」

 

勇者「……。行かなきゃ。星の国に」

 

勇者「魔女族は厄介な魔法を使ってくるから、早めに潰しときたいんだ」

 

魔術師「……剣士……あのね……」

 

勇者「うん。魔術師さんと副団長さんが言いたいこと、分かります」

 

勇者「私はこれからあの人とは正反対の道を選ぶ……だけど」

 

勇者「私、分かっちゃったの。

   いま、この世界で、どちらの種族も生きるなんてことはできない」

 

勇者「一方が生き残るためには、もう一方を全滅させなければならない。

   中途半端に取り残せばどっちの種族も滅ぶ運命なんだ」

 

勇者「だったら私はあの人が守ろうとしたものを守るよ」

 

勇者「……あの人が生きてたら……もしかしたら別の道もあったかもしれないけど

   私にはできない……これだけしか選べない」

 

 

 

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666 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/04(金) 23:54:28.34 ID:gGyhfRijo

 

 

 

 

勇者「そうだ。魔術師さんに訊きたいことあったんだ。

   誓いを破ったらその人の命を奪う魔術ってあるの?」

 

魔術師「あるけれど、それは私の分野じゃないから詳しくは知らないな。

    それは神殿の魔術だよ」

 

勇者「……ふーん……神殿ね」

 

 

 

勇者「……ん」

 

勇者「ここ、あの人と一緒に種を埋めたところ。芽、出たんだ……」

 

副団長「……」

 

勇者「もう意味、ないけどね」

 

 

 

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667 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/04(金) 23:58:19.36 ID:gGyhfRijo

 

 

 

一週間後

 

星の国 魔王軍侵略地区

 

 

 

 

勇者「……はあ」

 

勇者「やっと終わった」

 

 

 

勇者「!」チャキ

 

騎士「ち、違います!俺は人間です!あのっ、勇者様でいらっしゃいます……よね」

 

勇者「……」

 

騎士「星の国王様より勇者様にお伝えすることがあって参ったのですが……」

 

勇者「なに?」

 

騎士「魔王が雪の国の王都を制圧したそうです。

   雪の国は国境も封鎖され、全域魔王軍に制圧されました」

 

勇者「へえ。あいつ、自分でも動くんだ」

 

騎士「そ、それから太陽の国と雪の国の塔、どちらも破壊されました。

   修復は困難であり、神殿によるともう女神様お二人とも……消滅してしまったようです」

 

勇者「あ、忘れてた」

 

騎士「え?」

 

 

ビッ……!

 

 

騎士「…………え!?」

 

騎士「な……なんてことをしているんですかっ!?

   我が国の塔を……は、破壊するなんて!!」

 

騎士「塔の守護神を殺してしまうなんて……!!あなたは今とんでもないことをしてしまったんですよ!」

 

勇者「神様になんてもう頼らない」

 

勇者「私、神様って大っ嫌い。私たちを盤上の駒みたいに扱う神様なんてさ」

 

勇者「おもちゃじゃないんだよ。お前の娯楽のために存在してるわけじゃない……」

 

騎士「ゆ……勇者様、なんてことを……」

 

勇者「この国にいた魔族は全部殺したからもう帰るね。じゃあ」

 

騎士「ああっ、ちょっと!!」

 

 

 

 

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668 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/05(土) 00:10:12.79 ID:YHxBqZy7o

 

 

 

太陽の国

 

 

 

国王「雪の国が魔王軍の手に落ちた……勇者よ、雪の国奪還に行ってくれるか」

 

勇者「嫌だよ」

 

騎士団長「なっ……!?」

 

国王「……何故だ?」

 

勇者「雪の国に行ったら今度はまた別のところが占領されて、どうせ同じことになると思うし」

 

勇者「もう後手に回るのいや」

 

勇者「だから魔族領に攻め込むよ」

 

魔術師長「でも、雪の国を助けに行けるのは勇者だけなのよ。

     国境は封鎖されてしまったから、転移魔法を使えるあなただけがあの国に行ける」

 

勇者「魔王もそう考えてる。あいつの思い通りになるだけじゃ勝てない」

 

騎士団長「しかし、それではあの国の国民はっ……虐殺にあうのだぞ」

 

勇者「はあ……じゃあ戦争に負けて人類全部滅ぼされてもいいって言うの?」

 

勇者「それに、ならこっちも虐殺し返せばいいだけだよ」

 

副団長「……!?」

 

勇者「あっちは自分が優勢だと思ってるだろうけど、そろそろ自分たちの立場思い知らせないと」

 

 

 

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669 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/05(土) 00:13:58.70 ID:YHxBqZy7o

 

 

 

国王「……」

 

国王「分かった」

 

神儀官「素晴らしいですね。

    たった一週間で星の国の魔族を殲滅した実力、それにその決断力」パチパチ

 

神儀官「あなたこそ勇者に相応しいです。その前の彼は……些か優柔不断でしたからね。

    平和条約などという提案までしてくるほど、」

 

 

ダンッ!!

 

 

勇者「あの人の悪口はやめてね。うっかり手が滑って殺しちゃうかも」

 

神儀官「ふふ。ああ、怖い怖い」

 

勇者「……。ねえ、そうだ。神殿の人にね……訊きたいことあったんだ」

 

勇者「もしかして……あの人に…………」クラッ

 

勇者「……ん……」

 

魔術師「剣士っ! どうしたの、大丈夫?」

 

神儀官「あら……どうされたのです?お身体は大事になさりませんと。

    では、私は神殿会議の時間なので失礼しますね。ごきげんよう、勇者様」

 

 

 

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671 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/05(土) 00:19:31.72 ID:YHxBqZy7o

 

 

 

宿

 

 

魔術師「本当に大丈夫なの? だって顔色が……」

 

勇者「平気。ここでいいよ」

 

魔術師「……あのね、剣士……頼ってくれても全然いいんだよ。

    私とあなたはあんまり長い時をいっしょに過ごしたわけじゃないけれど」

 

魔術師「彼が王都にいた2年間、あなたのこといっぱい話してくれたの。

    私、いつもにこにこ笑ってたあなたのこと好きだよ」

 

魔術師「彼だって、あなたがまた笑ってくれることを望んでると思う……。

    ……傷が勝手に治るって言ったよね。どんなに傷ついても必ず癒えるって」

 

勇者「そうだよ。なんでか知らないけど」

 

魔術師「あなたに魔法がかかってるのよ」

 

魔術師「……なんだかね、それ、彼の魔法の気配がするんだ」

 

勇者「…………」

 

勇者「もう行くね」スタスタ

 

魔術師「あ……」

 

 

 

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672 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/05(土) 00:20:54.69 ID:YHxBqZy7o

 

 

 

バタン

 

 

勇者「……ふう……」

 

  「おかえり」

 

勇者「……」

 

  「どうしたの? 具合が悪い?」

 

勇者「……ちょっと目眩がするだけ……」

 

  「魔剣を使う対価か。時間があんまりないのかな。思ったより早いね」

 

勇者「そうだよ、時間がない。1カ月か……2カ月か……たぶんそれくらい。

   それまでに終わらせないと……」

 

勇者「ねえ、私に魔法をかけたのって君なの?」

 

勇者「あのとき意識がぼんやりしてて、君が話してるの全然覚えてないんだ……。

   最後になんて言ってたの……」

 

  「……」

 

  「さあ」

 

勇者「……わかるわけないか」

 

勇者「君は私の幻覚だもんね。私が知る以上のこと知ってるわけないよね」

 

勇者「……はは」

 

 

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673 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/05(土) 00:23:02.93 ID:YHxBqZy7o

 

 

 

第三章 とつぜんジャックは泣き崩れ、叫んだ。「あの馬鹿野郎ども、自分らが何を殺したかわかってるのか!」

 

 

 

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674 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/05(土) 00:24:27.69 ID:YHxBqZy7o

 

 

 

* * *

 

 

勇者「……え? なんで。転移魔法で行くからいいよ」

 

副団長「いや、昨日の会議で決まったことなんだ……。

    騎士と魔術師と神官で編成された軍とともに、魔族領へ続く大河を渡って行ってほしい」

 

副団長「大河にも魔族が待ち構えているだろうから、君の力が必要なんだ」

 

勇者「だからそんなことしなくっても、私一人ですぐあっちに行けるって。

   ……だれ? 提案したの」

 

副団長「……神殿さ」

 

勇者「……あの女」ギロ

 

 

神儀官「……」ニコ

 

勇者「監視のつもり? 余計なことを」

 

勇者「時間がないのにっ……」

 

 

 

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675 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/05(土) 00:27:49.04 ID:YHxBqZy7o

 

 

 

 

魔族領

 

 

神官「こ、ここが魔族の地……気を引き締めてかないと……っ」

 

騎士「勇者様とご一緒なんだ、そこまで怯えなくても大丈夫さ。

   なにせ大河のどでかいモンスターも一撃で沈めちゃう人なんだからな」

 

勇者「自分の命は自分で守ってね。私、守らないから」

 

神官「は、はい」

 

 

シーン…

 

 

騎士「勇者様、どこから手をつけるおつもりですか」

 

勇者「ドラゴン邪魔だから竜族のいるとこ……竜の谷だっけ。

   そこ目指しつつ手当たり次第通った村破壊するつもり」

 

神官「でもそれでは、谷につくのは随分先になってしまうのでは?

   いくら私たちが大勢いるとしても、村を全て破壊するとなると」

 

騎士「騎士神官魔術師あわせて総勢150人くらいいますけどね」

 

勇者「すぐ終わるよ」ヒュッ

 

神官「え……」

 

 

 

騎士「…………!! ふ、伏せろっ」

 

神官「うわっ!」

 

 

―――・・・……

 

 

勇者「ね」

 

騎士「……信じられない。村ひとつ、さっきの一振りで?」

 

神官「まるで跡かたもなかったかのように……」

 

勇者「生き残らせても、治めとく人間がいないでしょ。反乱起こされたら振り出しだし」

 

 

勇者(……別にこんなこといちいち話さなくていいのに。いいわけしてるみたい……)

 

勇者「やだな」スタスタ

 

神官「あっ、待ってください……」

 

 

 

 

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676 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/05(土) 00:33:44.22 ID:YHxBqZy7o

 

 

 

 

エルフの里

 

 

 

エルフ母「起きなさい!起きなさいったら!!」

 

女エルフ「へ……? なによう……お母さん?」

 

エルフ母「すぐにここから逃げるわよ!人間たちが……勇者が侵略に来たみたいなの!

     ここから北の村は全部一瞬で消されたみたいだわ。鴉が教えてくれたのよ」

 

女エルフ「勇者……? でも……勇者はもう……」

 

エルフ母「ここももう危ないわ!みんなもう逃げはじめてる。

     先祖代々受け継いできた地を捨てるのは……惜しいけど、命には代えられません。逃げるわよ」

 

女エルフ「わ、私ちょっと話してくるっ。お母さんは先に逃げてて!!」

 

エルフ母「どこいくのっ!? こらっ!!」

 

 

 

 

 

 

女エルフ「……あっ……剣士!」

 

女エルフ「剣士が……勇者になったの……?」

 

勇者「……」

 

女エルフ「剣士が、ほかの村を消したの?」

 

勇者「そうだよ」

 

女エルフ「……っな、なんで!剣士あのとき言ってくれたじゃん……!

     戦争は終わりにするって!」

 

勇者「それを妨げたのは、君たちの魔王でしょ?」

 

勇者「どけ。どかないならお前から殺す」

 

女エルフ「! エ、エルフの里も消すの? やめなさいよっ!!

     そんなの許さないよ。ここはどかない!!」

 

勇者「あっそ」チャキ

 

女エルフ「……なんでよ……なんでこんなことするの?……」

 

女エルフ「私と……と、とっ、友だちになってくれたじゃん。

     人間と魔族でも友だちになれるからって……勇者も言ってたのに」

 

勇者「友だち」

 

勇者「そんなものじゃない」

 

 

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680 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/07(月) 16:23:57.14 ID:Ruy+5Y7ao

 

 

 

女エルフ「どうしてよ?魔族も人間も違いなんてないって……」

 

勇者「そう言ってたあの人は魔族に食べられちゃったよ」

 

勇者「エサ。家畜。食料。同等だなんて、思ってない。

   でもさ……それ、人間もいっしょなんだよね」

 

勇者「村の人が人魚食べてたの知ってる。見ちゃった。私も食べちゃったんだもん」

 

勇者「いいところも悪いところも気持ち悪いくらいいっしょで、だからこそ共存は無理なんだって。

   種族の違いよりも文化の違いが、お互いへの認識がまず立ちはだかってる」

 

勇者「積み重ねてきた歴史が重すぎたんだね。そうそう変えられるものじゃない」

 

勇者「だから、無理なんだよ」

 

勇者「ここでどっちかが滅ばないと、またいつか戦いが起きちゃうよ。

   こんな辛いの、もうたくさん。被害を最小限に抑えるためにここらへんで終わろうよ」

 

女エルフ「私たちを殺すの? それもあんたにとって辛いくせに」

 

勇者「……。あのときは……ちゃんと友だちだって思えたよ。

   でも今はだめ。人じゃない、魔族の君の姿かたちを見てるだけで……吐きそう」

 

女エルフ「……それならさ、こんな風にごちゃごちゃ喋ってないで最初に私から殺せばよかったのに。

     どうせ里も私も消すなら、順番なんてどうだっていいじゃん」

 

女エルフ「なのに『どかなきゃお前から消す』なんて言ってさ。

     やっぱり、剣士は心のどこかで迷ってるんだよ」

 

勇者「黙ってよ」

 

女エルフ「迷ってるくらいならやめてよ!私たちの里を消さないで!!」

 

勇者「迷ってなんかない。適当なこと言わないでよ」

 

 

 

 

勇者「……ッ」ググ

 

女エルフ「うっ……!」

 

勇者「……」

 

女エルフ「……ほら、迷ってる。手だって震えてるじゃん……やめてよ」

 

勇者「黙れ」

 

 

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681 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/07(月) 16:25:35.67 ID:Ruy+5Y7ao

 

 

 

 

「……敵の怪我まで治して、最初見たときから思ってたけど、勇者ってほんとヤサシイんだね。

 ばっかみたい。こんなことされても私は人間なんて大嫌いなんだからね」

 

「どうせ戦っても死んじゃうんだから、無駄だって!だからやめなよ!

 で……でさ、勇者と剣士の二人だけなら、私が匿ってあげてもいいよ。大叔母様もいいよって言ってくれたし……」

     

「そうだね。平和が一番だよね。

 あのとき……やっぱりあのエルフを殺さなくてよかった」

 

「なんだか、えーと……えっと……うまく言えないけど、今ちょっと嬉しい」

 

 

「そうしたら、私たちと女エルフも戦わなくて済むね!」

 

 

勇者「うるさいな……!」

 

勇者「うるさいっ!!」

 

 

 

ドッ……

 

 

 

女エルフ「あ……っ」ドサ

 

女エルフ「……」

 

 

 

勇者「……ぁ」

 

 

勇者「っ……はあ……変なことばっか言って…………はあ……

   ほら、やっぱり違う。ちゃんと殺せたもんね」

 

勇者「あはは、はは。 もう何だって殺せる。私はちゃんとできる」

 

勇者「できるんだから」

 

 

神官「勇者様、よろしいですか? 西の方角に村が……」

 

勇者「……うん今行く」

 

 

――――――――――――――――――――――――――

682 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/07(月) 16:29:04.38 ID:Ruy+5Y7ao

 

 

 

* * *

 

 

王都

 

 

騎士「救援物資の受領は完了しました。

   3時間後に国王様との謁見、そして明日に戦場に転移して頂くので、それまでお身体をお休めください」

 

勇者「ああ、うん」

 

 

バタン

 

 

勇者「……」

 

  「おかえり」

 

  「ねえ、ひどいよ剣士。どうして私を殺したの?痛かったんだよ?」

 

勇者「……はあ……増えてる……」

 

勇者「休ませてよ」

 

  「友だちだって言ってくれたのに。裏切ったんだ、ひどいじゃない剣士」

 

  「勇者の守りたかったものを守るためとか言って、そんな大義名分、殺される方にとっちゃ何の関係もないの。

   私だけじゃなくて、私の里にいたみんな、お母さんもお父さんも大叔母様も殺したんだね。ひどいよ、あんまりよ。

   エルフだけじゃない、ほかの種族もみんなみんな、全部殺しちゃったんだ」

 

  「魔族領の北部から入って、続いて西部も全滅させて……どれだけの数を殺したの?その剣で。この、大量虐殺者。

   むしろ虐殺を勇者のためって言ってる時点で、責任転嫁だよね?自分のせいじゃないって思ってるんでしょ?」

 

勇者「あの人のためじゃない……私が……」

 

  「あーあみんな恨んでるよ。勇者も今の剣士の姿見たらどう思うだろうね?あ、本物の勇者のことだよ。

   でもさ、一番ずるいのは、幻覚である私にこんなことを喋らせて少しでも楽になろうとするあんただよ」

 

  「責めてほしいんでしょ、詰ってほしいんでしょ」

 

  「でも、本当は、死んだらもう喋らないよ」

 

勇者「ねえお願い。静かにしてよ……眠りたい……」

 

  「いやよ、眠らせてなんかあげない。ねえ、死ぬのってどんな感じだか分かる?

   暗くて静かで、怖かった……。痛かったよ」

 

  「私のお腹、刺したよね?すっごく痛かった!!!! ねえ分かる?

   こんな風に一気にグサってやったよねっ!!血がいっぱいでて痛くて痛くて痛くて痛くて泣きそうだった!!」グッ

 

勇者「いっ……!」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

683 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/07(月) 16:31:34.84 ID:Ruy+5Y7ao

 

 

 

 

コンコン

 

 

魔術師「剣士?いる? 王都に今帰ってきてるって聞いてちょっと寄ったんだけど……」

 

魔術師「剣士……?」

 

 

魔術師「きゃあっ ちょっと、なにやってるのよ!!やめなさい! 剣を抜いて!!」

 

勇者「……」

 

魔術師「どうしてこんなことしたの……剣士」

 

勇者「私じゃない、あのエルフが」

 

魔術師「エルフ……?」

 

勇者「……何でもない。傷は塞がるから大丈夫。何か用ですか……」

 

魔術師「あのね、今度から私も王都を離れて戦場に行くことになったから。

    何度も前から上に頼みこんでたんだけど、やっと許可もらえたから」

 

魔術師「副団長……あいつも行きたがってたんだけど、どうも騎士団の方は難しいみたい」

 

勇者「人手は足りてるけど」

 

魔術師「私もあいつもあなたが心配なのよ。見る度痩せてるじゃない。

    それに……さっきみたいなことは、もしかして何度もしていたの……?」

 

勇者「私は大丈夫です。何に邪魔されたって絶対やります」

 

魔術師「……そう」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

684 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/07(月) 16:33:42.80 ID:Ruy+5Y7ao

 

 

 

 

魔術師「……もうご飯食べた?王様に会うまで時間あるでしょ?

    食べ物持ってきたわ。いっしょに食べましょうよ」

 

勇者「ありがとう。でも、水でいいの」

 

魔術師「水って食べ物じゃないわよ。ちゃんと食べて、元気出さないと!ねっ!

    色々持ってきたんだよ、えーとパンに魚に肉に果物にお菓子に……ほら、おいしそうでしょ」スッ

 

勇者「やめてっ!! ……あまり近づけないで」

 

魔術師「わっ……!?」

 

魔術師「……剣士、どうして食べないの? 食事をしないと死んじゃうよ」

 

勇者「死なないから平気。水でいい」

 

勇者「食べないんじゃなくて……食べれません。あの日からずっと」

 

魔術師「まさか……うそでしょ?剣士」

 

勇者「それ、悪いんですけど持ち帰ってくれますか……私はいりません」

 

勇者「……眠いの」

 

 

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685 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/07(月) 16:36:53.10 ID:Ruy+5Y7ao

 

 

* * *

 

 

勇者「……報告はこれで終わり」

 

国王「うむ。お主はよくやっておるな……感謝する。

   次はいよいよ魔王城のある中央部か」

 

国王「魔王軍は雪の国に続いて星の国の王都も制圧した。

   これで残るのは我が国だけだ」

 

騎士団長「勇者。王都で魔王を待ち構えるわけにはいかんのか?」

 

勇者「あいつは絶対私のところに来るよ」

 

勇者「それに、あそこで戦いたいの。あそこで私が勝つことに意味がある」

 

勇者「だから……、ぐっ…… ゴホッ、ゲホ」ビチャ

 

副団長「どうした!? 血が……」

 

魔術師長「神官、すぐに治癒魔法を!」

 

神儀官「治癒魔法では、治せません」

 

団長「なにを言っている、早く!」

 

神儀官「魔剣の対価ですね、勇者様。その剣は命を燃やす剣なのですから」

 

魔術師「どういうこと?」

 

 

 

勇者「……」

 

勇者「…………」

 

勇者「なんで知ってるの?」

 

勇者「私、だれにも言ってない」

 

 

 

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686 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/07(月) 16:41:19.40 ID:Ruy+5Y7ao

 

 

 

神儀官「禁術も魔剣も管理していたのはこの国の女神様だったでしょう?

    神の領域、すなわち我々の管轄です」

 

神儀官「もっともその存在について詳しく知っているのはほんの数人ですけれど……

    私もその一人です。あら、申し上げていなかったでしょうか」

 

勇者「…………え?」

 

勇者「ずっと……知ってたの?剣がこういう剣だってことも……

   禁術を使う度に何が奪われるのかってことも……ずっと知ってたの?」

 

勇者「知ってて黙認してたの? いや、違うか。知ってて、それでも使わせようとした。

   本人には教えないで、自分からすすんで使わせようとしたんだね。あの人の優しさにつけこんで」

 

勇者「だからだよね?」

 

勇者「あの人が勇者だった頃と、今の状況はさして変わらないのに、

   あの人は少人数で旅立たせて……私が勇者になったときは」

 

勇者「――私がこの魔剣を手にしてからは、嫌になるくらいの大人数をお供につけたね。

   一人でいいって言ってるのにさぁ……」

 

神儀官「それは些か邪推しすぎではないでしょうか?」

 

勇者「どうせ剣を抜ける条件だって知ってたんでしょ」

 

勇者「ねえ、もうひとつお前に訊きたいことがある」スラッ

 

団長「! 勇者!!王の御前であるぞ、剣をしまえ!」

 

勇者「そんなこと、どうだっていいんだよ」

 

 

 

勇者「前にも訊こうとしたんだった」

 

勇者「あの人に何を誓わせたの?」

 

 

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688 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/07(月) 16:43:58.79 ID:Ruy+5Y7ao

 

 

 

神儀官「……」

 

神儀官「彼が申し出たのですよ」

 

神儀官「戦争が終わった後に、危険な魔法を使える自分が残っていたら人々が安心できないだろうから

    その時には自分は表舞台から消えることを約束する、と……」

 

神儀官「ですから神殿の魔術の下に誓って頂いただけです。何か問題が?」

 

勇者「は、は、は、は」

 

勇者「ふざけんのも大概にしてよ」

 

勇者「ああ……『世界中から逃げて』って……あの人が言ってたのはそういうことだったんだ。

   私はてっきり……まさか人間から逃げるって意味だとは……思わなかったよ」

 

勇者「彼が自分から申し出た? 違うでしょ。お前が言ったんだろ」

 

勇者「ねえ……あんまりじゃない?あの人が何のために……辛い思いいっぱいしたと思ってんの?」

 

神儀官「英雄には英雄なりに始末をつけて頂きませんと、我々平民は日々の暮らしもままなりません」

 

勇者「英雄って本当に思ってる?『勇者』だなんて名前つけて祀り上げて

   ボロボロになるまで使い古して用済みになったら死んでくれなんてさ」

 

勇者「それじゃ人柱とか奴隷とかの名前の方があってるよ」

 

神儀官「……戦争には、そして平和には犠牲がつきものです」

 

勇者「あははっ」

 

勇者「同感」チャキ

 

 

副団長「剣士くんっ!!やめるんだ、君はっ……」

 

勇者「邪魔しないで」

 

副団長「ぐっ」

 

 

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689 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/07(月) 16:46:48.14 ID:Ruy+5Y7ao

 

 

 

魔術師長「ちょっとちょっと……なんなの!止めるわよ!」

 

団長「もうやってる!くそっ」

 

魔術師「剣士っ!!だめよ、やめて!!」

 

魔術師「気持ちは分かるけど、そんなことしたらあなた処刑よ……!!」

 

勇者「どいてて」

 

 

 

神儀官「……私は人ですよ。あなたが慕っていたあの彼が、守ろうとした人類です」

 

神儀官「魔族ではなく人を今殺してしまっていいのですか?」

 

神儀官「あなたの剣はその瞬間から、戦争解決のために振るわれるものでなく……

    個人的な欲求から殺戮のために振るわれる虐殺者の剣となるのです」

 

勇者「そうだよ」

 

神儀官「え?」

 

勇者「元からそうだよ。私は徹頭徹尾私のためだけに戦ってるんだから」

 

神儀官「…………まさか、本当に今この場で私を殺そうと言うのですか?」

 

神儀官「この私を?」

 

 

勇者「?」

 

勇者「なんで殺されないって思ってたの?」

 

 

 

――ヒュッ……!

 

ゴトッ……

 

 

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690 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/07(月) 16:51:37.60 ID:Ruy+5Y7ao

 

 

 

副団長「ああ……なんてことだ」

 

神官「ヒッ……! 神儀官様の、く、首っ……」

 

 

 

勇者「王様はどこまで知ってたのかな」スタスタ

 

団長「勇者。それ以上国王様に近づくんじゃない!!」

 

団長「いくら勇者とて国王様に剣を向ければ、その瞬間から貴様はこの国全ての者を敵に回すぞ」

 

勇者「別にいいけど……負けるのそっちだし」

 

国王「……よい。皆、勇者をわしの元に通すのだ」

 

魔術師長「国王様!?」

 

国王「勇者…………すまなかった。殺したければそうするがいい。

   わしは神殿がそのような誓いを彼にさせていたことに気付かなかった……」

 

国王「しかし、魔剣や禁術のことを黙っていたのは真実だ。

   わしはその代償のことも知っていたが……告げることはしなかった」

 

国王「……この国の国民を守るために、彼にそれを使ってもらわねばならなかった。

   万が一にでも、彼が代償を恐れて魔法を使わないなどということがあってはいけなかった」

 

国王「魔剣についても、お主が言った通りだ……謝っても謝りきれん。

   旅立ちの時に、神殿が持ちかけた案をわしは受け入れた」

 

国王「わしは最低の王だ。大多数を守るために少数の犠牲を生まずにはいられない」

 

勇者「……」

 

勇者「うん最低。この国もこの世界もみんなも……私も」

 

勇者「全部最低……」

 

 

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691 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/07(月) 16:55:21.70 ID:Ruy+5Y7ao

 

 

 

 

「神儀官様が勇者に斬り殺された」

 

「国王様にまで剣を向けたらしいぞ」

 

「王は無事らしいが」

 

「なんてことだ」

 

「あの勇者は罪人だ」

 

「殺人罪」

 

「弑逆」

 

「危険だ。今すぐ処刑を」

 

「しかし、勇者がいなくなったら戦争はどうなる?」

 

「……」

 

 

「人殺しの罪人が国の英雄などと後世にとても語り継げない」

 

「あの者の名を勇者として歴史に残すことを禁じよう」

 

「そうだ」

 

「それが妥当だ」

 

「罪人の名を……」

 

「それを刑としよう」

 

「それがいい」

 

「あの者の存在を――消そう」

 

 

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692 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/07(月) 16:56:48.44 ID:Ruy+5Y7ao

 

 

 

* * *

 

 

魔族A「来たぞ……勇者だ!!」

 

魔族B「後衛部隊が魔法を放ったら、一斉に前後左右から斬りかかれ……!

    一瞬だぞ、気を抜くなっ!!」

 

魔族C「やってやる……!!」

 

 

 

 

勇者(あーあ)

 

勇者(ずっと一番近くにいたのに、全然気づいてあげられなかったなあ……)

 

魔族A「うおおおおおおっ!!死ねっ勇者!!」

 

勇者(どうしてあんな風に笑えてたのかな)ザシュッ

 

魔族B「く、くそっ!よくもっ! ぎゃああああぁぁぁっ」

 

勇者「どんな気持ちでさっ……ああ、もう最悪だよ。全部遅すぎるよ」

 

魔族C「がはっ」

 

 

ドサッ

 

 

 

勇者(謝りたい)

 

 

勇者(会いたい……会いたい。会いたい。会いたい。会いたい)

 

勇者(会いたい)

 

 

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693 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/07(月) 16:58:09.26 ID:Ruy+5Y7ao

 

 

 

勇者(あの人に会いたい……)

 

 

 

 

……ザッ……

 

 

 

勇者「………………!」

 

勇者(……)

 

勇者「…………」

 

勇者「…………」

 

 

勇者「あの日から」

 

 

勇者「ずっと……会いたかったよ」

 

 

 

 

 

 

勇者「……魔王」

 

 

 

 

魔王「……」

 

魔王「俺もだ」

 

 

 

 

 

 

勇者「ぐっちゃぐちゃにして生まれてきたこと後悔させてあげる。

   お前が一体何を殺したのか自覚して。生を呪って惨めに死ね、この野郎」

 

魔王「意気がるなよ小娘が。この世全ての苦痛を味あわせてからじっくり殺してやる。

   貴様らによって世界から何が失われたのかをその容量の少ない脳みそで考えろ」

 

「「死ね」」

 

 

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694 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/07(月) 16:59:26.10 ID:Ruy+5Y7ao

 

 

 

第四章 G線上のアリア

 

 

 

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695 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/07(月) 17:02:59.17 ID:Ruy+5Y7ao

 

 

 

――キィン!

 

 

魔王「盗人猛々しいとはこのことだな。

   魔剣を返せ。それは貴様が振るっていいものではない!」

 

勇者「……」

 

勇者「知るかよ」

 

 

勇者「ねえ!その片腕、あの人に取られたんでしょ!?」

 

勇者「あはははは! 無様だね。バランスよくなるようにもう片方も捥いであげるよ」ブン

 

魔王「余計な世話だ」ヒュ

 

 

魔王「それに……無様なのはどっちだか。

   お前の連れの男の死体を見せてやりたかった」

 

魔王「剣が刺さってまるで針鼠のようだったな。あれは傑作だった」

 

勇者「…………」ヒクッ

 

勇者「…………じゃあお前も同じようにしてやるよ……!」

 

魔王「!」

 

 

ビッ

 

 

魔王「俺に一太刀浴びせるとは」

 

魔王「……だが間合いを誤ったな。剣に頼りすぎだ」グッ

 

 

ダンッ!

 

 

勇者「っ……!!」

 

魔王「ちょこまかとよく動く……目障りだ」

 

 

メリッ ゴキグギグキグシャ

 

 

勇者「い゛っ……たいなあ!!いつまでその足乗せてんだよっ!!」ヒュッ

 

魔王「チッ」

 

 

 

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696 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/07(月) 17:07:20.89 ID:Ruy+5Y7ao

 

 

―――――――――――

――――――――

――――

 

 

勇者「ハァ……はあ……」

 

魔王「しぶといな……さっさと死ね」

 

勇者「私の台詞なんだけど」

 

 

勇者「……どうしてこんなことになっちゃったんだろ」

 

勇者「こんなはずじゃなかったのに。どこで間違っちゃったのかな!」キンッ

 

勇者「生まれてこなければよかった。この世界もお前も私も全部……

   どうせこんなことになるなら、最初からなければよかった」

 

魔王「ならその首、今すぐ差しだせ」ザシュッ

 

勇者「お前にだけは絶対あげない」ズバッ

 

 

勇者「ねえ、何回殺したら死ぬの?そろそろ本当に死んでよ」

 

魔王「それこそ俺の台詞だ。いい加減貴様の面も見飽きたわ」

 

勇者「……」

 

魔王「……」

 

 

魔王「貴様をここで殺して……残った人間を絶滅させる。

   それを成し遂げるまで、俺は死なない」

 

勇者「あははっ」

 

勇者「お前もほかの魔族も、私によって殺されるんだよ。

   残念だね……」

 

魔王「そんなことはさせない」

 

勇者「お前がどう言おうと関係ない。私がするって決めたんだから」

 

 

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697 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/07(月) 17:10:35.64 ID:Ruy+5Y7ao

 

 

 

勇者「……」

 

勇者「お前さえ……いなければ」

 

魔王「貴様さえいなければ」

 

 

「「あのとき全てが終わったものを……っ!!」」

 

 

 

ダンッ!

 

 

勇者「死んじゃえっ……!!!」ズバ

 

魔王「……貴様がな……!」

 

 

グチュ

 

 

勇者「っああぁぁ……っ!!うっ……」

 

勇者「あぁ……ああ、あははははははっ!!」ガシ

 

魔王「!?」

 

勇者「お前の左腕を塞ぐためなら、……お前を殺すためなら!!」

 

勇者「片目が潰れるくらいどうってことない!!」

 

勇者「死ねよ。死ね」

 

勇者「魔王!!!」

 

 

 

ドスッ!!

 

 

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698 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/07(月) 17:13:48.09 ID:Ruy+5Y7ao

 

 

 

 

魔王「……」

 

魔王「がはっ……!」

 

 

グサッ ドス グチャ ゴキッ ビチャッ

 

 

魔王「ぐ……」

 

魔王「…………」

 

 

 

 

勇者「……死んだ……?」

 

勇者「やった。私の勝ち」

 

勇者「あはははははははははははっ!!私が勝ったんだ!」

 

 

 

 

勇者「うっ……はあ……はあ……」

 

勇者「……疲れちゃったな……ははは」

 

 

 

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699 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/04/07(月) 17:15:42.73 ID:Ruy+5Y7ao

 

 

お母さん。お父さん。

 

勝ちました。

 

 

狩人ちゃん。

 

僧侶くん。

 

勇者。ハル。

 

勝ったよ。

 

笑って。

 

 

私はこれから、もう二度と笑えません。

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