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303 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/09(日) 23:13:00.05 ID:Mh/p7PiBo

 

 

 

雪の塔 

 

 

ヒュドラ「で見つかったんですか?妹君は」

 

兄「いや……まだだ」

 

ヒュドラ「突然家出だなんて驚きましたね。一体どちらにいらっしゃるのやら。にしてもなんでまた……」

 

兄「さあな……」

 

兄「……まあ、見つけ出す術はあると言えばある。時間はかかるが」

 

ヒュドラ「さすが」

 

兄「だから心配するな。お前の方はどうなんだ?ヒュドラ。順調か?」

 

ヒュドラ「最近あちらの兵士の数だけは多くなって面倒ですが、所詮は烏合の衆ですね。

     どうせ傭兵でも寄せ集めたんでしょう。突き崩すのは容易い」

     

兄「勇者とやらが次はお前を倒しにやってくるそうだが」

 

ヒュドラ「ここに辿りつくことさえ困難でしょう。まあ、私が出向いてもいいのですけどね」

 

兄「この毒の霧か。魔族でなければ、近づくことすらできないか」

 

ヒュドラ「私にとっては居心地のいいものですけどね。

     ……はあ、それでもやっぱり勇者の存在は面倒です。先に星の国……魔女の方に行ってくれればよかったのに」

     

兄「はは、あいつもそう思ってるだろうさ」

 

ヒュドラ「あいつ、敵の魔力吸って若づくりに勤しんでますからね。勇者の魔力なんて垂涎ものでしょ」

 

魔女『聞こえてますのよ、蛇野郎』ヴヴ…

 

ヒュドラ「!?」

 

 

 

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304 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/09(日) 23:17:24.55 ID:Mh/p7PiBo

 

 

 

ヒュドラ「なっ……魔女!勝手に魔晶石の通信をつなぐな!どうやったらそんな芸当ができるんだ全く……」

 

魔女『ほんっとヒュドラって陰湿ですねぇ……私がいないところでヒソヒソと陰口ですか? 死ねよ。9つの首全部違う死因で死ねよ。

   ってジュリエッタちゃんが言ってる……あなた嫌われ者ね……かわいそ』

   

ヒュドラ「ジュリエッタって誰だよ。このメンヘラ女……あ、嘘です。何でもないです」

 

魔女『王子ごきげんよう。姫様はまだ見つからないのですね、今度一緒にお茶をする約束をしてましたのに……

   見つかったらお二人で私の塔に遊びにいらっしゃってくださいね』

   

兄「やあ魔女。ああ、喜んでそうさせてもらう」

 

ヒュドラ「何の用だ、魔女。まさか喧嘩を売りにきたわけではあるまいな」

 

魔女『そんなに暇じゃないもの。あなたじゃないんだから……。これ、頼まれたもの。グリフォンに渡してくださいな』

 

ヒュドラ「ああ、分かった。渡しておこう」

 

魔女『それじゃあね』

 

 

 

兄「ん? グリフォンは今ここにいるのだったか」

 

ヒュドラ「そうですよ。研究データがほしいとかで」

 

兄「どうりであちらで見かけないはずだ。久しぶりに会ってくるか。俺がそれをあいつに渡してやろう」

 

ヒュドラ「よいのですか?姫様を探すのにお忙しいのでは?」

 

兄「もう手はずは整えてある。後は時間だけだ。……まあ、会ったところで……どうにかなるものでもないが」

 

ヒュドラ「え?」

 

 

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305 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/09(日) 23:19:38.42 ID:Mh/p7PiBo

 

 

 

ザパッ……

 

 

魚人「ヒュドラ様。辺りを一通り、一族皆で探してみましたが、見つけられませんでした」

 

ヒュドラ「ああ……そうか。どこへ行ったんだか……」

 

兄「なんだ、ここでも誰か家出か?」

 

ヒュドラ「いえいえ、魚人族の娘が何人か行方不明なのですよ。まさか人間に捕まってはいないでしょうが」

 

兄「それは大変だ。俺が居場所特定の魔術を使ってやろう。結果が出るまで一日か数日かかるが、いいか」

 

ヒュドラ「本当ですか。ありがとうございます、頼みますよ」

 

兄「こういった魔術は、妹の方が得意なのだがな」

 

兄「……」

 

兄「やるか」

 

 

 

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306 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/09(日) 23:20:10.41 ID:Mh/p7PiBo

 

 

 

 

第七章 ぼくの  はマーメイド

 

 

 

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307 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/09(日) 23:22:14.79 ID:Mh/p7PiBo

 

 

 

臙脂色の朝日が稜線から顔を覗かせた瞬間に、曙光がパアッと世界に散らばった。

川のせせらぎに両手を浸して水を飲もうとしていた彼の元にもそれは届いた。

 

青く輝く闇は西へと徐々に追いやられて、星々はまた夜がくるまでしばしの間眠りにつく。

見事な朝焼けだった。

どれも彼がまだ見たことのない光景だった。

 

 

目覚めたばかりのオリビアは既に遙か遠くの山道から彼を振りかえっていて、急かすように一声「ワン」と吠えた。

 

 

「分かってる、今行く」

 

 

祖父から受け継いだ薬師の七つ道具が詰め込まれた大きな黒いカバンは、見た目通りなかなか重たく

手にぶら下げても肩にかけても背負っても、苦行僧の気分を味わえるという意味でとても有り難い代物だった。

 

歩くたびに中の器同士がぶつかって鳴るカチャカチャという音も、彼にとってはもう日常の一部となっていた。

今日もその音に耳を澄ませて、オリビアに導かれながら旅路を進む。

 

 

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308 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/09(日) 23:23:46.60 ID:Mh/p7PiBo

 

 

 

薬師として国中を旅している彼は、青年とも少年とも言い難い風貌だった。

時計屋の若旦那に、父親への薬を調合したのは既に遠い昔のことである。

少年の面影は鳴りをひそめて代わりに鼻筋がすっと伸び、首に喉仏が突き出し、声が低くなった。

かと思うとカラカラと笑うときの表情は、大人と呼ぶにはあまりに幼かった。

 

しかしそのとらえどころのなさは年齢とは関係なく、彼の本質に所以するものであるとも言えた。

 

「雲みたいな奴だな」と、以前周辺の村を訪れるために拠点としてしばらく滞在した宿屋の主人は、

カウンターに頬杖をつきながらまじまじと珍しそうに彼を見ながら呟いたのだった。

 

 

「まだ若いんだから、そう旅を急ぐこともあるまいに。

 お前は雲だ。上空の大きな気流に乗って、進もうとしようがしまいが関係なしに流されてっちまう雲だな。

 難儀な奴だ。早死にするなよ」

 

 

「根なし草だからね」

よく分からなかったが、勝手に同情されたことに少しムッとしながらそれだけ返した。

宿屋は答えず、それからぷかぷかと煙草の煙を吐くだけだった。

 

 

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310 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/09(日) 23:28:24.70 ID:Mh/p7PiBo

 

 

 

旅は好きだ。

見知らぬ土地の見知らぬ空気、まだ彼に知り得ぬものが行く手にあると想像しながら歩くのは楽しかった。

 

自分の意志で、自分のためだけに旅をしていると胸を張って言える。

彼は旅が好きだ。

 

もう帰る家がないということだけで旅をしているのでは、決してないのだった。

 

 

 

 

「一番近くの村ぁ?それならこの分かれ道を左に行ってずっと真っ直ぐだ!!」

 

「ありがとう」

 

 

道を尋ねたやたらと元気のいい魚人族の男に礼を言って立ち去ろうとすれば、何故か慣れ慣れしく鱗のついた腕で肩を組まれ、

挙句の果てには飲み屋の経営がどうだの我が子がどうだのと、益もない話を延々1時間も聞かされる羽目になり

その村に着くころにはもう精神的にへとへとになっていた。

 

 

たまにそんなことになるが、本当に彼は旅が好きである。

 

 

 

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311 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/09(日) 23:29:39.00 ID:Mh/p7PiBo

 

 

 

その村に足を踏み入れると、どこか遠くから子どもたちのはち切れそうな笑い声と、

たくさんの家庭の夕食の香りが入り混じった香りが彼をむかい入れた。

 

ぎりぎり日没前に宿に辿りつけたな、と思う。

朝に引き上げられた藍色の帳が、今まさに再び下りようとしていた。

 

 

「行こうか、オリビ…… あれっ どこ行くんだ?」

 

 

宿屋が並ぶ通りに進もうとした瞬間、すっと足の間をオリビアが通り抜ける気配があった。

慌てて呼びとめたが止まらない。村の北から伸びる木立の中に彼女の足音は消えてしまった。

 

こんなことは滅多にないので彼はしばしポカンと彼女が消えていった方角を見つめていたが、

我に返るとオリビアの名を呼びながら駆けだした。

 

もう家に入りなさいと母親に促された村の子どもたちが不思議そうに彼の背中を見まもった。

 

 

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312 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/09(日) 23:31:41.18 ID:Mh/p7PiBo

 

 

 

「どこにいるんだ……?」

 

 

しばらく駆けると一本道の先の開けた場所に出たが、辺りは夕闇に包まれてひっそりとしている。

人どころか動物の息遣いさえ何一つ聞こえない。

自分の息切れと早鐘を打つ鼓動だけやけに大きく、耳は頼りにならなかった。

 

 

普段は泰然とした印象を会う人に与えるこの青年……あるいは少年だったが、このときばかりは焦っていた。

そのため、常ならぬケアレスミスを犯したとしても無理からぬことだった。

 

ゴツン!!

突然額と鼻っ柱をぶん殴られた――と彼は感じた。

 

「うがっ」そんな呻きを空中に残しながら、ゆっくりと土のベッドにひっくり返って、

涙目になりつつ痛みを通り越して痒みすらある顔面を手のひらで覆う。血はでていない。

そのことが信じられないくらいの痛みだった。

 

 

何が起こったのか分からず目を白黒させる彼の耳に、男の笑いをこらえているような、そしてそれを申し訳なく思っているような声が届いた。

 

 

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313 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/09(日) 23:38:32.54 ID:Mh/p7PiBo

 

 

 

 

「あー……その、悪いな。危ないって声をかけるところだったんだけど、一瞬遅かったみたいだ。

 大丈夫か、あんた。すんごい勢いで木にぶつかってたもんな……鼻折れてないか?」

 

 

そう、彼は木にぶつかったのだった。

それだけだった。それだけならまだ「やっちまったな、ははは」くらいで済んだが

その様を誰かに見られた事実が彼をどん底に突き落とした。

 

 

「あ、ああうん。大丈夫だ。……あー……お見苦しいところを」

 

「いや。誰にだってあるさ、そういうことは。俺もよくあるよ」

 

 

男のぎこちないフォローがかえって心苦しかった。

手を借りて立ちあがると、「ちょっと待ってろよ」と言ってから、男は何やらブツブツ言い始めた。

と思うと顔面の熱をもった痛みが嘘のように退きはじめる。数秒と経たずにそれは完全に消え去った。

 

紛れもなく治癒魔法である。

 

 

「神官の方ですか」と訪ねようとして気づいた。

カチャリと男が腰に佩いている太刀の音。

 

男は自分の名を名乗った。彼が尋ねると、ああ、となんてことないように頷いた。

 

 

「勇者だよ」

 

 

そして、勇者の男は「これって職業なのかな」と首を傾げたのだった。

 

 

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314 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/10(月) 03:00:57.25 ID:pkkpz1gzo

 

 

 

「最近やーーーっと使えるようになったんだよ、治癒魔法。魔法は苦手でさ……。

 一応魔力はあるんだから攻撃魔法だけじゃなくて治癒系も使えるようにしとけって言われて」

 

 

勇者はオリビアを見た。村の墓地から帰る途中すれ違ったのだと言った。

 

その墓地に彼を案内しながら(勇者にとってはUターンすることになるが、彼は快く承ってくれた)、ハハハと乾いた笑いを洩らした。

「魔法の才能、ないんだよなぁ」とのんきに言い放つその様子は、いわゆる勇者の厳格さとか神聖さとは無縁のものだった。

 

 

いま、この村に来るときに魚人の男と話したが、そういう風に魔族と人間が普通に言葉を交わす世界は彼にとって一般的で、

それは彼が生まれた年に太陽の国と魔族の王の間で結ばれた平和条約のおかげであるというのは知っている。

 

そしてその条約に、今彼の横で歩いている男が尽力したというのも知っていた。

魔王を倒すために生まれたのにも関わらず、魔族を救うために動いた彼の男。

 

 

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315 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/10(月) 03:04:32.86 ID:pkkpz1gzo

 

 

 

人類と魔族の英雄と称してもいい男を前にして、しかし薬師の彼は何故か緊張することはなかった。

それも勇者の「勇者らしくなさ」が原因かもしれない。

 

勇者の代名詞となっていた、<時の剣>は既にもうその手にないようだったが、

それなりに腕のある鍛冶師につくってもらったという大刀を腰に携えるその姿は飄々としていながら、まさに威風堂々だった。

 

しかしその勇者が、言っては悪いがこんな山奥の小さな村にいることは思わなかったので、

何故ここにいるのかと尋ねると思ってもなかった答えが返ってきた。

 

 

「ここ、俺の育った村なんだ。たまには親父とお袋に顔見せないとな」

 

「ああ、そうだったんですか」

 

「あんまり目立ったものはないが、 まぁ……いいところだよ。

 あんた薬師なんだって?近所の婆さんが腰痛いって言ってたから診てやってくれよ」

 

「でも、勇者のあなたがいるのなら、薬は必要ないんじゃ?」

 

 

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316 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/10(月) 03:06:09.75 ID:pkkpz1gzo

 

 

 

 

治癒魔法があるのなら薬は必要ないのでは、という意味を込めたつもりだった。

途端、勇者は渋面をつくった。

 

 

「だから、俺は治癒魔法そんなに上手くないんだって。治せるのは擦り傷とか……打ち身とか……そういう。

 ……あ、ほら。墓地についたぞ」

 

 

頬を撫でる空気が僅かに冷たい。

墓地とはいえど不気味さとは程遠い、むしろ心安らぐ静謐さがそこにはあった。

死者の安寧の地、冥府へと繋がる道。そんな言葉が彼の脳内に浮かんで消えた。

 

いくつもの墓標を越え、もう崖に差しかかるといったところでオリビアを見つけた。

村人たちの墓標から離れて、森と空を臨む切り立った崖にポツンと立っている二つの十字架の前で行儀よく座っていたのだった。

 

歩み寄る彼の姿を認めて嬉しそうに「ワン」と吠えた。

 

 

「お前……心配したんだぞ。急に駆けだしたりするから」

 

 

意味が分かっているのかいないのか、尻尾をぶんぶん振りまわすばかりである。

背後で勇者がふっと笑う気配があった。

 

 

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317 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/10(月) 03:07:51.68 ID:pkkpz1gzo

 

 

 

 

「よかったな、見つかって」

 

「うん、本当に。ありがとう、勇者さん」

 

「その墓の横、大樹があるから気をつけろよ」

 

 

そんなことはとうに分かっていた。

どうやら勇者は彼のことを平時に木に激突するどんくさい奴と認識してしまったようだった。

 

これはいかん、いつか誤解を解かねばと思いながら、木の幹に手をあてる。

両腕で抱きついたとしても右手と左手の指が合わさることはないだろう。

二人がかりでようやく囲えるような幹の、立派な木だった。

春夏ではないと言うのに青々と茂る枝葉を夜空に広げている。

 

 

「この木は……」

 

「不思議な木でさ、冬でも緑を絶やさないんだ」

 

 

木の名前は分からないが、恐らく常緑樹の一種だろうと勇者が言った。

 

 

「受け売りだけどな」

 

 

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318 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/10(月) 03:10:11.76 ID:pkkpz1gzo

 

 

 

「……じゃあ、この墓は?」

 

 

初めて訪れた村の墓地の外れにある墓標について詳しく訪ねるのも失礼かと思ったが、どうしても気になった。

二つだけ孤立してポツンと立っている古びた十字架。

オリビアがその前に座ってじっと彼を見ている。

 

だが勇者も誰の墓だかは明確に分からないようだった。

 

 

「俺の曽祖父たちがこの村を開拓して移り住んだ時にはもうあったらしい。古すぎて誰のだか分からないんだよ。

 ほかにも墓はいくつもあったらしいから、滅びた村がここにあったんだろうな」

 

 

勇者を生んだ村は元々昔からここにあったわけではなく、移民がつくったものらしい。

百数年前の人魔戦争では魔族により滅んだ村がいくつもあった。そのひとつだろうと彼は考える。

 

 

 

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319 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/10(月) 03:11:07.60 ID:pkkpz1gzo

 

 

 

 

 

オリビアと彼の横に勇者が不意に腰をかがめて、墓標を手の平で撫でる。

何か魔法的なものを使うのかと思ったが、何もせずに手を離した。

 

 

「ひとつはかろうじて名前のスペルが読めなくもないが……もうひとつはだめだな」

 

「その読めそうな名前って?」

 

「エヌ……アイ……エヌ……エー」

 

 

 

「NINA」

 

 

 

「ええっ?」

彼は自分でも知らず知らずのうちに立ちあがっていた。

 

 

 

 

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320 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/10(月) 03:13:47.57 ID:pkkpz1gzo

 

 

 

「ん?どうしたんだ?」

 

 

俄かに色めきたった彼の様子に勇者が気づいて、眉を上げた。

いま彼の身を襲っているのは、数年前に時計屋で味わったのと同じ興奮と衝撃だった。

まさかここでもあるなんて。

 

 

 

手紙の差出人、いま彼の横にいる勇者を今代として、先代勇者の仲間だったニーナの墓がここにあるのなら、

隣にあるもうひとつの墓標は一体誰のなのか。

ドキドキと胸が波打っていた。

 

 

「もうひとつの、墓は……」

 

「風化しちゃってあんまり読めないんだ。 うーん……最初の文字はエイチ。それから……こりゃエルかな? 

 最後はたぶん……オーか、ディー」

 

 

H   ld/o

 

 

彼は入念に墓に刻まれた名前をなぞった。

表面がざらついていて、確かに名前の判別も難しい。

だが、最後の文字を仮にディーとするなら、H(aro)ld ――ハロルド。

 

 

歴史を学べば必ず出てくるその名前は、手紙では<ハル>の愛称で出てきていた。

先代勇者……百年前の人魔戦争の真っ只中に生まれ、神の力をもって魔族相手に戦った者の名前だった。

 

 

 

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321 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/10(月) 03:16:29.51 ID:pkkpz1gzo

 

 

 

 

ニーナもハロルドも、そんなに珍しい名前ではない。

だからひとつだけなら偶然だと片づけることもできただろうが、二つも合わさったとなれば確信があった。

 

 

この二つの墓は、海を渡って彼に届いた手紙の書き主の少女と、彼女と旅をした先代勇者の少年のものであると。

 

 

子どもたちの笑い声も鳥の鳴き声も、森の木立を抜ける途中に消え去う、この全ての生命が死に絶えたような安寧の地で

星空を見ながら寄りそうように立つ古びた二つの墓は、何故か彼の胸を締め付けた。

 

 

 

旅の途中に王都に足を運んだこともあった。その際、王都の中心に聳え立つ王立図書館の扉をくぐったことを思い出していた。

彼が所持している2通の手紙の内容――先代勇者について、初等教育で教わること(「勇者は神の力で人魔戦争において人間を勝利に導いた」)よりもっと詳しい知識を得たいと思ったからである。

 

 

 

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322 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/10(月) 03:17:57.42 ID:pkkpz1gzo

 

 

 

 

 

 

しかし結果は拍子抜けだった。

どんな歴史書のページをめくっても、初等教育レベル以上の文言が綴られていることはなかった。

いっそ陰謀さえ感じるほどである。そんなにまでして勇者について隠したいことがあるのかと。

 

司書に聞いてみた。

するとこんな応えがかえってきた。

 

 

「その人魔戦争において、王都が襲撃されたときにここ王立図書館も被害を受けたのですよ。

 ドラゴンの吹く炎によって書物の大半が燃え尽きてしまいました。だから先代勇者について書かれた本もほとんどないのです」

 

 

ああなるほど、と思いかけて留まった。

 

それはおかしい。

 

先代勇者について書かれるなら、戦争が終わってからが時期的に一番好ましいだろう。

戦争時の王都襲撃は関係ないはずである。

 

 

きな臭い何かを感じつつも彼は図書館を後にした。

 

 

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323 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/10(月) 03:19:13.88 ID:pkkpz1gzo

 

 

 

 

彼は、墓の前で何が何やらという顔をしている『勇者』、今の世代の勇者に2通の手紙を見せた。

ニーナが書いた手紙である。

 

 

最初は「冗談だろ?」と言いたげな勇者だったが、目の前にある二つの墓標を見やった瞬間、

何かを考え込むように左手をあごにあてた。しばらく沈黙した後、手紙を彼に返した。

 

 

「そうだな……。確証はないが、なんだろう。何故かそうだろうという気持ちが湧いてくる。

 ただ、そうなると後の二つの手紙が気になるところだな。彼女はあと二通の手紙を書いたと言っているんだ」

 

「そして……それを手に入れるチャンスがあるとしたら、次もあんただろう」

 

 

淡々と告げられたその一言に仰天したのは薬師の彼だった。

彼が仰天したのに驚いたのは勇者だった。

 

 

「えっ……!?」

 

「ええっ……!? 二度あったんだからあともう二度もあんただろ!?」

 

「えええっ……!?」

 

 

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324 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/10(月) 03:26:43.89 ID:pkkpz1gzo

 

 

 

 

勿論、ここまでくればあともう二通も受け取りたいと思うのが人の性だが

なんというか勇者たる男にそう朗々と告げられると及び腰になってしまうのだった。

 

 

「俺も気になってはいたんだよ。昔の人魔戦争の真相がさ。

 元仲間で今歴史を教える教師をやってる奴がいるんだけど、そいつもやきもきしてるし」

 

「戦争の真実……」

 

「だから、それが明かされたらぜひ俺たちに教えてくれ。……きっと大事なことなんだ。

 歴史に今が左右されるのなんて間違ってると思うけど、前に進むために歴史を振り返るのはやっておくべきことだと思う」

 

 

暗闇の中でも勇者の放つ眼差しの鋭さは彼を射ぬいたように思われた。

無意識と言っていいほど自然に、いつの間にか頷いていた。

 

 

「……必ず」

 

 

勇者は、にっと笑った。

 

 

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325 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/10(月) 03:30:03.31 ID:pkkpz1gzo

 

 

 

 

薬師の彼が、勇者の故郷を去って数日が経過した。

勇者は久しぶりに訪れた魔王城の一室で、さっそく先代勇者とその仲間の話を披露していた。

 

 

 

「もしかしたら人魔戦争の詳しいことが分かるかもしれないんだよ。ほとんど語られてなかった先代勇者のこととか、

 先代魔王や魔族のこととか、全部明るみにでるかも。本当は俺もあの薬師と一緒に手紙を探しに行きたかったんだけどな……」

 

 

「そんな暇あります? 勇者様は勇者様の仕事がたんまりあるんじゃないんですか?」

 

 

勇者と同じくソファーに腰かけ、竜族の彼が淹れてくれた紅茶のカップを傾けながら神官……元神官、現歴史教師の彼女が言った。

その言葉は勇者の胸につき刺さった。事実である。

がっくりと項垂れる勇者を横目に、同じくらい多忙なはずの魔王は、顔色を変えずに「うむ」とだけ述べた。

 

 

百年前の戦争において魔族が敗北し、残党狩りという名の魔族殲滅が行われた後、

それでもかろうじて生き残った魔族の末裔たちを束ねているのが

紅茶にシュガーを飽和量ぎりぎりまでいれまくって元神官に止められたこの魔王である。

 

 

数年前に人の国の王と平和条約を結んだのも彼女だ。

元幼女で待ちくたびれていたのも彼女である。

 

 

 

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326 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/10(月) 03:31:28.84 ID:pkkpz1gzo

 

 

 

 

「あの戦争のことは、こちらもほとんど書物も口承も残っていない。少しでも歴史が明かされるのなら喜ばしいな」

 

「だよな」

 

「先代勇者の名前はハロルドだったか」

 

「勇者様と違って、魔法を得意にしてたんですよね」

 

 

 

うるさいな、と勇者が歯を食いしばった。「俺は剣があるからいいんだ、剣が」

言い訳だった。

 

 

 

「それで、その手紙を書いたという仲間の少女の名は?」

 

 

魔王が向かいの机から微かに身を乗り出して尋ねると、隣の元神官も期待するように目を輝かせた。

勇者が墓標に刻まれていた名前を告げた後の二人の反応は、彼にとって全く予期せぬものだった。

 

 

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327 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/10(月) 03:33:18.27 ID:pkkpz1gzo

 

 

 

「……NINA? それってニーナって読むんですよね?」

 

「本当にそうなのか? 勇者くん」

 

 

二人で目を合わせて、戸惑っているような様子を勇者は驚いていた。

まさかこんな不穏な反応をされるとは思っていなかったのだった。勇者にとってその名前は聞いたことのないものだったからだ。

 

 

 

「なんだよ。二人は知ってるのか? 有名なのか、その子」

 

「いや……有名ではないが。まあ別に特別珍しい名前でもないし、人違いかもしれん。

 以前元神官に借りた神殿史の第10巻にその名が載っているのを覚えている」

 

「ええ、確か569ページの……」

 

「17行目だな」

 

「なんだお前ら。きもちわるっ」

脳筋の勇者にとって魔王と元神官の唱和はひどく頭痛を引き起こすものだった。

 

 

神殿史なる書物など勇者は読んだことはおろか存在すら知らなかったのだから、

ニーナに関する記載を彼だけが思い当らなかったのも必至である。

最も、億が一目を通したことがあったとしてもこの場で思いだせる自信は全くなかったが。

 

 

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328 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/10(月) 03:35:23.72 ID:pkkpz1gzo

 

 

 

「で、なんて書いてあったんだよ?その神殿史には」

 

 

勇者が先を促すと、言い淀んだ後に元神官は口を開いた。

 

 

「あのぅ、本当に人違いかもしれませんからね?だって先代勇者の仲間がそんなことするはずないし……」

 

「もったいぶらずに教えろって」

 

「……彼女は罪人です」

 

 

 

彼女は口にするのも恐ろしいといった具合に、一息で言って青ざめた顔色のまま魔王を見た。

後を引きついだ魔王は、まるで目の前に置いてある教科書を朗読するように勇者に聞かせる。

死刑囚の烙印を押された少女の罪状を。

 

 

 

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329 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/10(月) 03:37:58.86 ID:pkkpz1gzo

 

 

 

 

「戦争中に神殿の重役をその手にかけたのだ。彼女は剣の使い手だった。その剣で殺したのだ」

 

「殺人罪――死刑だ」

 

「没年は戦争の終結時……」

 

 

魔王の赤い瞳がなんの表情も湛えずに、瞠目する勇者を見た。

 

 

「遺体は残らなかった。だからこの国のどこにも墓はつくられていないらしい。

 ……勇者くんが見たのは本当に<ニーナ>の墓なのか?」

 

 

――――――――――――――――――――――――――

331 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/16(日) 02:09:41.22 ID:eFdTh6HQo

 

 

 

* * *

 

 

剣士「わ゛あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」ガバッ

 

僧侶「うおおっ! だ……大丈夫か?」

 

剣士「え、あれ?私……寝てた?あれ?」

 

僧侶「敵と戦ってる最中に睡眠魔法にかかっちまったんだよ。今俺が治したところ」

 

剣士「うそっ、ごめん。すぐ助けに行かなくっちゃ!」

 

僧侶「や、そろそろ勇者の野郎と狩人ちゃんが終わらせてるころだろうよ。

   数はいたが、そんなに強そうな奴らじゃなかったからな」

   

   

 

狩人「……終わったですね……」スッ

 

勇者「やれやれ。本来の進むべき道が雪崩で通れなかったから遠回りでこっちの道に来たけど、やけに敵が襲ってくるな」

 

狩人「いっぱい狩れて楽しいです……フフ。フフフフ」

 

勇者「狩人は元気だなぁ」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

332 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/16(日) 02:12:55.43 ID:eFdTh6HQo

 

 

 

 

 

僧侶「おーい、終わったか?」

 

剣士「二人とも大丈夫?」

 

勇者「ああ、なんとか。それよりさっき剣士のすごい悲鳴が聞こえたけど、あれは一体……。……ハッ……僧侶まさか?」

 

僧侶「あん?」

 

狩人「……最低……」スッギリギリ

 

勇者「恥を知れよ」

 

僧侶「待て待て!濡れ衣だ!そんな汚物を見るような目で見るんじゃない!俺はなにもしてねえよっ!

   なんなんだよ畜生、お前らの中の俺のイメージってそんな感じなのかよ」

   

狩人「そんな感じというか……そのまんまというか……煩悩が服を着て歩いているというか……」

 

僧侶「なるほど……」

 

僧侶「言い得て妙だな!狩人ちゃん言葉のセンスあるなあ!」

 

勇者「受け入れるんだ」

 

 

剣士「あはは、僧侶くんは関係ないよ」

 

剣士「さっきの叫び声はね、ちょっと怖い夢見ちゃってたみたいなんだ。驚かせちゃってごめんね」

 

狩人「怖い夢?」

 

剣士「うん。誰かが剣を私に向かって振りあげてる夢!あと少し起きるのが遅れてたら死んでたよ。もう本当に怖かったんだから」

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

333 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/16(日) 02:15:52.87 ID:eFdTh6HQo

 

 

 

 

僧侶「でも、夢の中で自分が殺されかけるのはいい兆候らしいぜ。自由とか解放を意味するんだとか。

   今の状況が好転するきっかけになるかもしれないってさ」

   

勇者「詳しいね」

   

僧侶「修道院にいたとき、あのジジッ……神父がそういうのにはまってた時期があってな」

   

剣士「なんだ、そうなんだ。じゃあいい夢なんだ。でも今度あの夢を見たら返り討ちにしてやるんだから。

   あ……でも、そういえば……あのさ、勇者」

   

勇者「ん?」

 

剣士「なんだか、その剣ね…………、……やっぱいいや!」

 

勇者「なに?気になるなぁ」

 

剣士「なんでもない!行こっ」

 

 

――――――――――――――――――――――――――

334 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/16(日) 02:18:33.54 ID:eFdTh6HQo

 

 

 

 

僧侶「そういやお前、短剣で戦ってたのか」

 

勇者「ああ、うん。まだ目的地まで随分あるし、もっと強い敵が襲ってきたときのために魔力温存しといた方がいいかなって」

 

僧侶「せ、セコッ」

 

勇者「うるさいな」

 

狩人「あなたは剣も使えるですか」

 

勇者「少しだよ、少し」

 

剣士「……」

 

 

 

剣士(夢で見たあの剣の柄、王都の図書館地下で見た、あの魔剣……アルファ……アス? えーと、名前は忘れちゃったけど!

   あれに似てたような気がしたんだけどな)

   

剣士(でも気のせいだよね。だってあれ、勇者のための剣らしいし……ていうか夢だし、気にすることないか

   いつもなら夢なんて起きた瞬間忘れちゃってるのに、変なの)

 

狩人「剣士。おいてく……」

 

剣士「あ、待って!」タッ

 

 

――――――――――――――――――――――――――

335 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/16(日) 02:21:24.29 ID:eFdTh6HQo

 

 

 

 

剣士「えーと次は、……えー、これなんて読むの?」

 

勇者「みぞれ」

 

剣士「みぞれ?音階みたいな名前だね! それにかき氷でみぞれってあるよね。甘くておいしいやつ。あれ好きだなぁ」

 

狩人(音階……?)

 

剣士「きっと素敵な町なんだろうな!なんか瀟洒な建物とかありそう!町の人みんな上品でおしゃれで、甘い香りが漂ってきそうな……」

 

 

 

霙の町

 

 

 

ざわざわ ざわざわ

 

 

勇者「? なんだろう」

 

町人「おやおや!旅のお方!らっしゃっせぇい!!」

 

「「らっしゃっせーっ」」

 

町人「ようこそ!霙タウンにようこそ!!僕は雪が降ってても構わずタンクトップを着ちゃう野郎なんだぜ、よろしくな。

   旅人さんがた、今日この町に訪れるなんて幸運その身に有り余るほどですよ!!! このこの~!よかったな!」

   

剣士「イ、イメージと違う」

 

僧侶「出会って数秒なのにもう殺意が芽生えたぜ。殴るぜ」

 

勇者「おおい!なに拳を振りかぶってるんだ、やめてくれ! 脊髄反射か何か!?」

 

狩人「町の人全員がタンクトップだなんて……恐ろしい文化もあったものですね……」

 

剣士「こころなしか平均気温が上がった気がするよ」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

336 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/16(日) 02:25:28.29 ID:eFdTh6HQo

 

 

 

町長「ようこそ!タンクトッ……霙の町へ! ん……?その外見的特徴……もしやお主ら勇者様とそのお仲間の方ですかな?」

 

勇者「あ、はい、でもあの、本当お構いなく。本当に」

 

町長「なにを仰る!?勇者様がたに十分なもてなしもせず旅立たせるなど、タンッ……霙の町町長の名が廃るわっ!!」

 

剣士「もう素直に町の名前改名しなよ!」

 

町長「ここは農作物も豊かに育たぬ気候ゆえ、普段ならしょっぺー歓迎しかできなかったのですが、ああ、本当に運がよかった。

   この町は近くにある、海につながっている湖の水産物で何とか糊口を凌いでいるんですがね、この間大収穫がありまして」

   

町長「今日はその宴の予定だったのですよ!ぜひ貴方がたもご参加を!!さあさ、宿にご案内しますよ!こちらへどうぞ!

   それから男性の方には、この町の一般的なコスチュームもご用意いたしますんでね」

   

勇者「どうも、ではお世話になります。……あ、コスチュームとやらは結構です」

 

町長「郷に入らば郷に従えと言うじゃないですか?」

 

勇者「あ、知りませんそんな言葉。無学なもので!すみません!」

 

僧侶「オイッ町長、サイズを目視で測ろうとすんな!!いらねーっつってんだろ!!」

 

 

 

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337 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/17(月) 00:26:22.11 ID:25qYxa5Zo

 

 

 

 

 

町民「さ、たんと召し上がってくださいね!!」

 

勇者「す……すごいな」

 

剣士「わあ、豪華だね。魚料理がたくさんだ」

 

狩人「里では山菜ばかりだったから新鮮……」

 

僧侶「確かにうまそうだが、右を見ても左を見ても正面を見てもタンクトップ着た男ばっかり目に入るんじゃ、うまさも半減だぁ……

   こんな食事風景、死よりも辛い……もっと女子率増やしてくれええええ!」

 

剣士「私はもう慣れたよ。慣れって大事だよ。ハハ」

 

僧侶「こんな諦観あらわな剣士ちゃん見たくねえよお!!」

 

 

 

剣士「おいしいね!」

 

狩人「……」コクコク

 

男「さあさ次はみんなお待ちかねのメインディッシュだ!いま下の厨房で捌いてきたばっかりだから新鮮だぜ!」

 

 

うおおおおー!きゃーー!やっときたか!

 

 

勇者「わっ、なんだなんだ?」

 

僧侶「そんなに珍しい魚なのか?」

 

町長「ええ、ええ。そうですとも。……うーんおいしい!こんな美味い魚は初めてだ!」

 

 

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338 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/17(月) 00:28:00.43 ID:25qYxa5Zo

 

 

 

勇者「本当だ、おいしいですね。噛みごたえがあって」

 

町長「それに眉つばですが、なんとこの魚を食べますと不老不死になるとかならんとか!!」

 

狩人「……へえ……」

 

剣士「えー、本当かなぁ」

 

町長「ははは、そう信じてる人もごくまれにいるのですよ。

   何匹か捕らえたのですが、余った分はそういう人々に売ればこの町も栄えるってわけです」

 

町長「もっと資金が潤沢になれば、我々も服を着込むことができましょう!」

 

勇者「えっその服装ってそういう理由だったんですか」

 

町長「四分の一そうで、四分の三は趣味です」

 

剣士「ほとんど趣味だね?」

 

僧侶「ところでよ、この魚は一体なんて名前……」

 

  「町長!そろそろおかわり捌いてきましょう!」

  

町長「ああ、分かった!ではまたお話しましょう、みなさま」

 

 

 

勇者「賑やかな町だな」

 

  「――……―――」

  

勇者「……? いま何か喋った?」

 

剣士「へ?喋っへらいよ」モグモグ

 

狩人「気のせいでは」

 

  「…………―――」

  

勇者(……なんだろう)

 

勇者「ちょっと外に行ってくるよ」

 

剣士「え?どうして?」

 

勇者「いや……僕にも分からないんだけど……」

 

剣士「えええ?どういうこと?」

 

 

 

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339 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/17(月) 00:30:16.06 ID:25qYxa5Zo

 

 

 

 

  「――……」

  

勇者「誰かが呼んでるような……だんだん声が大きくなってきた。 こいつ直接脳内に……」

 

勇者「……町の外れまで来たけど」

 

女エルフ「遅い!」

 

勇者「君は雪原のエルフじゃないか。な……なにをしてるんだ、しかもこんなところで」

 

勇者「二度目はないと言ったはずだ。まさかこの町の人たちを襲いに?」

 

女エルフ「違うわよ。大体私一人で来て何ができるって言うのよ。自分で言ってて悲しくなったけど。

     ちょっととりあえずこっちに来て、人目につかないように!」

     

 

 

女エルフ「……で、本当にそっちは一人? あの……ほら……女と男は?」

 

勇者「女と男?」

 

女エルフ「弓もった女とあんたのほかに杖持ってた男」

 

勇者「狩人と僧侶? あの二人なら食事をしてるけど」

 

女エルフ「そっ。ならいいの。あの二人は生意気だから嫌い! じゃああの剣持った奴は……?」

 

剣士「私がどうかしたの?」

 

女エルフ「ひわーーーー!?」ビクッ

 

勇者「剣士!どうしてここに?」

 

剣士「勇者の様子が変だったから、もしかして魔族の魔法に操られてるのかなって思ったの。だから追ってきたよ」

 

勇者「まあ概ねその通りだな」

 

女エルフ「私は操ったりなんかしてないし!ただちょっと勇者にテレパシー的な力で呼びかけただけだし。

     大体そんな高度な魔法できるのなんて四天王の魔女様くらいだわ」

     

女エルフ「は、もうびっくりさせないでよ。まああんたならいいわ。あのねえ、今日私がここに来たのはあんたたちに忠告するため」

 

 

 

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340 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/17(月) 00:38:45.98 ID:25qYxa5Zo

 

 

 

 

勇者「忠告?」

 

女エルフ「そうよ。別に私はそんなことしたくないんだけど、大叔母様に恩は絶対返しなさいって言われたからだからね!

     借りはつくりたくないの、それだけだから。大叔母様に怒られるからだからね!!」

     

女エルフ「……ヒュドラ様と戦いに行くんでしょ? それさあ……止めた方がいいんじゃない?」

 

剣士「え、なんで?」

 

女エルフ「だってヒュドラ様、勇者たちの何倍も強いんだよ。あのね、首が9つもあるんだから。しかもすっごい大きいの。

     ヒュドラ様にかかったら二人なんてあっという間に肉塊だからね」

     

剣士「9つもあるの!? ってことは9回殺さなくちゃ?」

 

勇者「長期戦になりそうだね。早いうちにできるだけ首を落とさないとジリ貧になりそうだ。

   狩人にはヒュドラの目を狙ってもらって、状態異常が効くなら僕がほかの首抑えて、その間に剣士が……」

   

女エルフ「おーい!対策を立てるな!私は戦うのやめた方がいいんじゃないって言ってるんだけど!」

 

女エルフ「ていうかたぶんそれも無理だって、近づくこともできないんじゃない?ヒュドラ様は毒攻撃が強いのよ。

     人間なんて1秒でゴートゥーヘルだよ、ノッキンオンヘブンズドアだよ」

     

剣士「毒?それも厄介だね。解毒剤効くかな?無理だったらほかの方法考えないとね」

 

女エルフ「話きけよ!ほかの方法考えるんじゃなくってさ!」

 

勇者「でもヒュドラとは戦わなければ。それで塔を解放しないといけないから。勇者として」

 

女エルフ「どうせ戦っても死んじゃうんだから、無駄だって!だからやめなよ!

     で……でさ、勇者と剣士の二人だけなら、私が匿ってあげてもいいよ。大叔母様もいいよって言ってくれたし……」

     

女エルフ「私のペットにしてあげてもいいよ!その場合逃亡を防ぐために手足はもぐことになるけど、別にそれくらいいいよね?」

 

剣士「よくないっ!よくないよ!得意げに残酷なこと言わないでよ!」

 

女エルフ「勇者は別に構わないよね?ね?死ぬよりいいよね?」

 

剣士「だめだよっ!!ちょっとーっ勇者から離れてよー!!もうこのエルフ怖いよー!」

 

 

 

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342 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/17(月) 00:43:29.01 ID:25qYxa5Zo

 

 

 

 

勇者「だめだよ。逃げるわけにはいかないんだ。ヒュドラを倒して、雪の国の人々を救わないといけないんだ」

 

勇者「まあ普通に手足もがれるのも嫌だけどさ」

 

剣士「そうだよ!だからだめだからね!そんなグロい展開だめ!」

 

女エルフ「なななななによ、ふん。私は善意で言ってあげたのにさ。どうせ負けちゃうのに!

     じゃーもういいよ。ばいばい!」パッ

     

勇者「心配してくれてありがとう」

 

女エルフ「はあ?別に心配してないし!!ばーかばーか!自意識過剰なんじゃないの? またね!」

 

 

パタパタ……

 

 

 

剣士「行っちゃったけど……『またね』って、また会いにくるつもりなのかなぁ。変な魔族」

 

勇者「変わってるよね。でも、ああいう魔族もいるんだなって思うと……

   ひょっとしたらこの戦争は僕が考えてるよりも、もっとずっと平和的な解決ができるかもしれない」

   

勇者「……って思えるな」

 

剣士「そうだね。平和が一番だよね。

   あのとき……やっぱりあのエルフを殺さなくてよかった。なんだか、えーと……えっと……」

   

剣士「うまく言えないけど、今ちょっと嬉しい」

 

勇者「……うん、僕もだ」

 

勇者「もう戻ろうか。宴の途中だ。あーでももう食事なくなってるかも」

 

剣士「私まだ食べ終わってない!早くもどろ!」クイ

 

勇者「わっ」

 

 

――――――――――――――――――――――――――

343 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/17(月) 00:45:42.13 ID:25qYxa5Zo

 

 

 

 

剣士「あー……本当にもう終わってた……魚美味しかったのにもうない……」

 

町民「お仲間の僧侶さんと狩人さんなら、もう宿に戻られてますよ!!押忍ッ!」

 

勇者「仕方ない、僕たちも宿に戻って今日はもう寝ようか」

 

剣士「そうだね……うぅ」

 

 

 

 「……、……」

   「…………。」

   

   

剣士「ハッ!これがさっき勇者がエルフから受け取ったっていうテレパシー的なあれ!?

   なんかひそひそ、直接頭の中に響いてるみたいに聞こえるよ」

   

勇者「や、普通に地下の厨房の方からの話し声だよ。別に君の頭の中に直接いってないよ」

 

剣士「なんだ……」

 

勇者「なんか焦ってるような声だね。ちょっと行ってみようか」

 

 

 

トン……トン……トン……トン……

 

 

――――――――――――――――――――――――――

344 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/17(月) 00:49:48.38 ID:25qYxa5Zo

 

 

 

  「……する?……っかく生け捕りに……のに……これじゃ値段が下がっ……」

  

  「……さかこんな……なるとは……」

 

 

剣士「あの大収穫だって言ってた魚のこと話してるのかな」

 

勇者「みたいだね」

 

 

  「……を……舌を噛み……て自殺……んだ……してやられた……」

  

  「値段は下が……、それでもまあ……なかなか……」

  

  

  

  

勇者「ん……?」

 

 

――――――――――――――――――――――――――

345 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/17(月) 00:51:34.56 ID:25qYxa5Zo

 

 

 

勇者(魚が自殺?)

 

剣士「なんか、すごい血の匂いするね。魚って捌いたことないけど、こんな強烈なんだ」

 

勇者「うん……そうだね……」

 

剣士「あのーなんだか困ってる声が聞こえたんだけど、どうしたの?町長さんたち。剣士と勇者ですけど」コンコン

 

町長「ああ!二人ですか。いやあ、ちょっとですね……あ!もしかしたら勇者様の魔法なら!

   どうぞお入りください!」

   

 

ギイィィ……

 

 

勇者「……」

 

剣士「え……?」

 

勇者「…………その台に乗ってる……のは、何ですか」

 

町長「なにって……」

 

町長「マーメイドですよ。見るのは初めてですか? さっき貴方がたに召し上がっていただくために捌いたやつです」

 

剣士「え……」

 

剣士「……え?……え?え?え?」

 

 

――――――――――――――――――――――――――

346 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/17(月) 01:03:43.87 ID:25qYxa5Zo

 

 

 

 

剣士「魚じゃ……え、さっきの料理はじゃあ……。

   わ、私たち……それを食べてたの? 」

   

剣士「……魔族を……」

 

町長「え?はい、そうですよ!美味しかったでしょう?

   今日調理したのは下半身だけですが、上半身もちゃんと明日使いますよ」

   

町長「あー、確かに厨房は大変ショッキングな映像になってますけど、こんなのみんなやってることですから!

   ところで勇者様、あっちの水槽に入ってるマーメイドを生き返らせることってできますか?」

   

町民「売りさばくために生きてる方が都合がいいんですよ! 高く売れる。

   無力なマーメイド族が湖に迷い込むなんてめったにないことですからね!このチャンスを生かさないと!」

   

勇者「……う……」

 

剣士「ひどいよ……」

 

町長「ひどい……? 何故ですか?」

 

勇者「そ……それはこちらの台詞です。何故こんな残酷なことを……。

   あ、あなたたちはさっきまで普通の……ちょっと変だけど普通の人たちだったじゃないですか」

   

勇者「無力なマーメイド族の娘を捕えて、しかも食べるだなんて!……常軌を逸してる」

 

町長「常軌……? ははあ……きっと勇者様と剣士様がいらっしゃった太陽の国は、まだ魔族の侵攻がないのでそう言えるのですね」

 

町民「魔族がこの国に蔓延りはじめて幾年、おかげで傭兵の護衛なしで船もだせんし、迂闊に街道も歩けやしません。

   ただでさえ土地に恵まれてなかったこの町は衰退の一途を辿るばかり」

   

町民「国は戦争に手いっぱいでこんな小さな町に救いの手を差し伸べる余裕はないようです」

 

町長「そんな我らの前に突如現れたのが、その肉が高額で売れる人魚です。弱っていて、武人ではない我々でも容易く捕えられました。

   お二人は今私たちを気狂いでも見るような目でみていらっしゃいますが!」

   

町長「ならば人魚を見逃して、我らに餓死せよと仰るのですか!? この困窮の原因も魔族だと言うのに!」

 

剣士「だ、だからって……ひどいよ!あなたたちを襲ってきたわけじゃないのに。それに……敵だって言っても食べるなんて。

   私……私、大切な人が誰かに食事として食べられちゃったなんて聞いたら死んじゃいたくなるくらい悲しいよ……」

   

町民「道徳的なことをいうなら、こんなのこの国じゃ至って普通のことですよ。それくらい切羽つまってるんです。

   大体……魔族だって人の肉、食べてますし。お互い様ですね!」

   

町長「まあ最初はお二人も抵抗あるでしょうが、何、牛や豚を殺して食うのとなんら変わりはないです、はい。

   それに……なんといっても……美味でしょう。あの味、めったに味わえませんよ」

   

剣士「でも」

 

勇者「剣士。もうやめよう」

 

勇者「町長さん、死者を蘇らせる魔法なんて僕には使えません。じゃあ、お世話になりました」

 

 

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349 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/18(火) 16:20:08.48 ID:l03q3Opvo

 

 

ガチャッ

 

 

剣士「ちょっと、勇者! このままじゃああの残った人魚、食べられちゃうよ。

   もう死んでるって分かってるけどさ……そんなの……」

   

勇者「……」

 

剣士「さっき会ったエルフの子みたいな魔族だったのかもしれないのに。かわいそうだよ……」

 

勇者「……」

 

剣士「それなのに……食べちゃったんだ、その子……私も勇者も、あの場にいた人全員!!

   その子の家族が今も必死に探してるかもしれないのに、食べちゃったよ……おいしいって言って……、う」

   

剣士「はあ……はあ……」

 

勇者「……大丈夫?」

 

剣士「ちょっと気持ち悪い……かも……」

 

勇者「……日の出とともにこの町を出よう」

 

剣士「うん……」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

350 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/18(火) 16:21:44.38 ID:l03q3Opvo

 

 

 

 

剣士「こんなの知りたくなかったよ。人があんなことをしてたなんて知りたくなかった……。

   私たちは人のために戦ってるのに……魔族を殺してるのに……」

   

剣士「でも殺すのと食べるのってそもそも何が違うのかな。同じ……いや、やっぱり同じじゃないよ。

   食べるのは尊厳に対する侮辱で……冒涜なんだよ、同じレベルの生き物だって認めてないからできることで……

   生きて積み上げてきた全部を踏みにじる行為だから……だから……」

   

勇者「剣士、……剣士!」

 

剣士「……え?あぁ……何?  はあ……はぁ……」

 

勇者「もう今日は休んだ方がいいよ。ほら、宿に着いたから。今日見たことはとりあえず全部……忘れよう」

 

剣士「でも……、……?」

 

剣士「あれ……なんか急に眠く……う……」

 

 

 

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351 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/18(火) 16:22:33.14 ID:l03q3Opvo

 

 

 

ガチャ

 

 

 

狩人「勇者……と剣士。どこに……行ってたですか?」

 

狩人「……? 何かありました……?」

 

勇者「狩人。よかった、まだ起きてて。剣士を頼むよ」

 

狩人「何故剣士は眠って……?」

 

勇者「剣士ってあんまり睡眠魔法に耐性ないみたいだね。

   あ、明日日の出とともにすぐこの町を発つ予定だから、急だけどよろしく。じゃおやすみ」

 

狩人「え?はい……。……?」

 

 

――――――――――――――――――――――――――

352 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/18(火) 16:23:33.60 ID:l03q3Opvo

 

 

 

 

ガチャ

 

僧侶「グオーーーー……ゴーーー……」

 

勇者「……はあ」バサ

 

僧侶「ンゴーーーーズゴゴゴゴゴ」

 

勇者「すごいうるさい……」

 

勇者(……。やっぱり平和的解決なんて無理か……)

 

勇者「人間が正しいんだ。僕たちは人々のために戦うんだ」

 

勇者(仕方ないことはどうしようもできない……全部救うことなんてできないんだから。

   そもそも片方だけだって僕にできるか分からないのに、そんなのは偽善だ)

   

勇者(魔族と人なら人を救わなければ……魔王を倒す、それだけが僕の生まれてきた意味であり使命だ

   まだ大丈夫……まだ信じられる……。今日のことはもうあまり考えないようにしよう)

   

勇者「寝よう」

 

僧侶「ズゴーーーーー……ゴーーー……」

 

勇者「……」ギリギリ

 

 

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353 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/18(火) 16:25:09.79 ID:l03q3Opvo

 

 

 

 

* * *

 

パタパタ……

 

 

女エルフ「……ありゃ? 魚人族と水牛族だ。なにしてんだろ」

 

魚人A「エルフ族の者か。何をしている?」

 

女エルフ「別に?ちょっとブラブラしてただけだし。そっちこそ何してんのさ」

 

水牛G「行方不明になっていたマーメイドたちの居所が分かった。今から霙の町に救出に行く」

 

魚人F「おい、悠長に話してる時間はないぞ!事は一刻を争うのだ!進め!!エルフなんぞに構うな!」

 

女エルフ「……えっ、霙の町って……間違いじゃないの? そんなことあるはずないって!」

 

水牛B「なんだと?貴様何か知っているのか?」

 

女エルフ「……と、思うなあ~? じゃ、じゃあ私もついてくわ!」

 

魚人A「エルフの微弱なる力なぞ大した戦力にならんわ。お前はすぐ帰れ!」

 

女エルフ「なにい!?」

 

 

 

ザバッ……

 

 

女エルフ「おのれー、あいつらエルフ族馬鹿にしやがって。いつか成り上がってヘイコラ言わせてやるからな!!

     それにしても……大丈夫かなあ……」

     

女エルフ「別に勇者たちのこと、心配してるわけじゃないけどっ!わ、私がこっそり会ってたことばれたら大変だし!」

 

女エルフ「どうしよ……」

 

 

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354 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/18(火) 16:28:13.54 ID:l03q3Opvo

 

 

 

 

* * *

 

 

雪の国 宮殿

 

 

大臣「閣下。今よろしいですかな」

 

雪の女王「なんだ、言え」

 

大臣「いい知らせと悪い知らせがございます。どちらからお先に聴かれますか」

 

女王「……悪い方から」

 

大臣「本日早朝、霙の町が魔族に襲撃され……壊滅状態だということです」

 

女王「生存者は」

 

大臣「ゼロです」

 

女王「……。何故あの町が……」

 

女王「……続けろ」

 

大臣「は。いい知らせですが――先ほど届いた鳥文によると……」

 

 

 

大臣「勇者がまもなく首都に到着するそうです」

 

 

――――――――――――――――――――――――――

355 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/18(火) 16:30:03.99 ID:l03q3Opvo

 

 

 

 

* * *

 

 

雪の塔

 

 

魚人族長「うっ……ヒュドラ様、申し訳ありません。だめでした!マーメイドの娘たちを救えませんでした……!

     すでに……すでに殺されて……!! 見るも無残な姿に……!」

     

ヒュドラ「そうだったか……。可哀そうに……。丁重に弔ってやれ」

 

水牛「ヒュドラ様。その町の人間に聞いたところ、我々が到着する直前まで勇者がそこに滞在していたようです」

 

ヒュドラ「何?」

 

水牛「マーメイドたちが捕まったのも、勇者の仕業かもしれませぬ」

 

魚人族長「そうだ。あの娘たちにはくれぐれも人の土地に近づかないよう言い聞かせていたのです。

     勇者の魔法によって捕えられたとしか考えられません!」

     

ヒュドラ「……」

 

水牛「今すぐ攻め込みましょう!このような卑劣な所業、許しておけません!」

 

ヒュドラ「待て。私たちが動かずとも、勝手にあちらから来てくれる。

     この深海に沈んだ雪の塔……我らが城に」

     

ヒュドラ「全力でもてなしてさしあげろ。この海を奴らの汚らわしい血で濁すことは気が進まないが、やむを得ぬ」

 

ヒュドラ「迎え撃て。いいな」

 

「「ハッ!」」

 

 

――――――――――――――――――――――――――

356 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/18(火) 16:33:59.77 ID:l03q3Opvo

 

 

 

 

ヒュドラ「……というわけで間もなくここは戦場となりますが、いかがいたしますかね。グリフォン」

 

グリフォン「四天王様が敬語なんて使わないでくださいよ」

 

ヒュドラ「あなたは私の部下じゃありませんから、なんとなく」

 

グリフォン「ははあ。 僕は戦闘からっきしですから、人間とは戦えませんがここに残りたいと思ってます。

      勇者が来るそうですね?そもそもここに来たのは人間……特に勇者の生態研究のためなので、

      間近で彼らを観察するチャンスは無駄にできません」

      

ヒュドラ「そうですか。でも死なないように気をつけてくださいね」

 

グリフォン「大丈夫ですよ。姿を表わす真似なんてしませんから。物影からひっそりねっとりぐっちょりデータとるだけですアハハハ……」

 

ヒュドラ「……(びっくりするくらい気持ち悪いなあ。グリフォンの一族ってみんなこうなのかなあ)」

 

グリフォン「ま、あわよくばなんて気持ちがちょっとありますけどね」

 

ヒュドラ「魔女にもらったというアレを使うんですか?」

 

グリフォン「機会があれば」

 

 

――――――――――――――――――――――――――

357 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/18(火) 16:35:53.80 ID:l03q3Opvo

 

 

 

 

 

* * *

 

 

太陽の国 南部 結界外

 

 

兄「…………ふむ……」

 

兄「位置特定の魔法を使った結果、愚妹は太陽の国の……地下にいると出たんだが……

  地下ってどういうことだ、地下って。まさか地下街でも作ったのかあいつ」

  

兄「そもそも結界があるのに俺は入れるのか。まあいい、試してみるしかないか。

  海岸から進むとしよう」

  

 

 

ゴリゴリゴリ

 

 

兄「……行けたな。結界は地表しか守護していないのだな。ということは地下から襲撃できたり……」

 

兄「は、しないか、流石に。地表全て覆ってるのだな。……えーと、ここを少し右に掘って、後は真っ直ぐ。

  俺が通った後の道は防ぐのも忘れんようにせんと、誰かに気づかれる……」

  

兄「……はーっ! 魔王の息子たる俺が一体何をやっているのだか。こんな地面を地道に掘るため持って生まれた魔力ではない!」

 

兄「このようなことまで兄にさせて、こうなれば絶対に何がなんでも連れ帰るぞ、妹」

 

 

ズゴッ!

 

 

兄「ん……?光?」

 

兄「……なんだこれは……?」

 

女「うおわっ? な、なんだねアンタ?そんなとこから?」

 

少年「壁から悪魔さんが現れたー!」

 

兄「ん!?」

 

 

――――――――――――――――――――――――――

358 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/18(火) 16:37:00.29 ID:l03q3Opvo

 

 

 

 

兄「な……あ……人間!? なんだここは、貴様らの村か? 地下に村など……こんな大きな、一体何故」

 

女「ああそうさ。で、あんたは何、魔族かい? あんたもここに逃げてきたのか? にしても……ハハハ!

  あんたどっから入ってきてんのさ!壁から来たのなんてあんたが初めてだよ」

  

少年「悪魔の兄ちゃん泥だらけだ!きったねー!」

 

兄「……貴様ら怖がらないのか。俺は魔族だぞ」

 

少年「なんで怖がらないといけねーの?悪魔さんも逃げてきたんでしょ?俺らの仲間じゃん」

 

兄「は?逃げて……?」

 

少年「ていうか、村の外れに住んでる姉ちゃんにそっくりだなあ、あんた」

 

兄「……!」

 

 

兄「そこに案内しろ」

 

少年「え?別にいいよ」

 

 

――――――

――――

 

 

――――――――――――――――――――――――――

359 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/18(火) 16:38:55.76 ID:l03q3Opvo

 

 

 

兄「お」

 

兄「っお……!! お前……!!」

 

妹「あ、兄さん!?」

 

兄「おま……っ! お、おお前っ!!?」

 

妹「なんで兄さんがここにいるの?」

 

兄「お……あ……お……」

 

兄「その……は、腹……まさか……」

 

妹「……あ。うん、えと……えへへ」

 

妹「……もうすぐ生まれるの。 名前、どうしよっかって今考えてるとこ」

 

兄「」

 

 

――――――――――――――――――――――――――

360 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/02/18(火) 16:42:57.49 ID:l03q3Opvo

 

 

 

 

女「わー!ちょっとあんた落ち着きなって!剣しまえ剣! ほら父ちゃんも止めてよ!」

 

男「こいつ滅茶苦茶力強ぇぞ、何者だ!」

 

少年「悪魔さん」

 

兄「父親を出せ……今すぐにだッ!!!!俺の妹連れて駆け落ちしたかと思ったら早速手ぇ出しやがって!!!

  もう許さん絶対許さん、父親を殺してお前は城に連れ帰る、いいかこれは決定事項だ異論は認めん!!」

  

妹「もうっ兄さんやめてよ! そ、それに……それに私が彼に赤ちゃんほしいなって言っ」

 

兄「言うなやめろ聞きたくない!!!馬鹿!!!この愚妹がーーっ!! わ……分かっているのか、人間との子なんぞ」

 

兄「魔王の娘が人との子を孕んだなどと魔族の皆に知られたらどう思われるか。

  その腹の子は魔族でも人でもない……。生まれたとしても、どちらの種族からも拒絶されるだろう。あってはならん命だ」

 

兄「……今のうちに殺せ。今ならお前の馬鹿な真似もなかったことにできる。俺がここで見たことは父上にも誰にも黙っててやろう」

 

兄「お前の子は忌み子だ」

 

妹「それは違うわ」

 

兄「なんだと?」

 

 

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363 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/03/05(水) 20:14:42.53 ID:ZhI8/l+/o

 

 

 

 

妹「この子は未来の扉を開く鍵なんだもの。

  今は魔族からも人間からも認められないかもしれないけど、代わりに私と彼がその分大きな愛情を注ぐわ」

  

妹「忌み子なんかじゃない。大切な私の子だよ」

 

兄「……俺はお前を連れ戻しに来たんだ。腹の子は連れて行けない」

 

妹「私、帰らないよ。ここで生きていくの」

 

兄「…………」

 

妹「…………」

 

 

 

 

男「……まーまーまーまー!なんか知らんが、久闊を叙する兄妹で積もる話もあるだろう!

  ひとまずどうだい、家の中に入って茶でも入れようぜい!」

  

少年「いえーい!」

 

 

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364 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/03/05(水) 20:19:04.70 ID:ZhI8/l+/o

 

 

 

兄「大体なんなんだ、ここは? お前たちは何故地下深くに住んでいる」

 

妹「ここはね、元々地下遺跡だったみたい。周りの壁や建物を見てみて? それっぽい跡がいっぱいあるから」

 

兄「……後でじっくり見てみよう。ここが遺跡だと言うのは分かった。何故ここに住むようになった?

  先ほどそこの小僧も言っていたが、『逃げてきた』とは一体なんのことだ?」

  

少年「あれー、悪魔さん見て分かんないの? じゃあ俺の、この真っ白な髪見てよ。おじいちゃんみたいな髪」

 

男「それから俺のこの手。両手合わせて指が13本もあるんだぜ」

 

兄「……? 何がおかしいんだ?」

 

少年「えー!?本気で言ってんのか? 

   あのなー、子どもなのに白髪で生まれたり、指が10本以上あったりするのは『異常』だったり『化け物』って言われちゃうんだ」

   

男「世間一般の普通の人たちとは、どうしても一緒に暮らせねぇんだ。……ま、いろいろ嫌な目に会うってわけさ」

 

兄「髪や指……その色や数が違うというだけで共同生活ができなくなるのか? 人間は大変だな」

 

女「私みたいに、外見じゃなくてお家騒動に巻き込まれて明るいところじゃ生きていけなくなった奴もいるよ」

 

男「こういう地下集落はここだけじゃないらしいぜ。地下遺跡は昔はもっとでかかったらしくってな、

  ここと繋がってはいないが、同じような村が地下にあるんだろうさ」

 

妹「あと私以外に魔族もいたよ。人間と恋に落ちて、二人で暮らすために逃げてきたんだって」ニコ

 

兄「……」

 

兄「…………お、」

 

 

バタンッ

 

 

青年「ただいま。……ん?なんかお客さんが今日はいっぱいだね。何かあっ……」

 

妹「あ……」

 

少年「あっ!」

 

女「あ」

 

男「あ」

 

兄「……」

 

青年「たの……かなあ……?」

 

 

――――――――――――――――――――――――――

365 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/03/05(水) 20:25:47.94 ID:ZhI8/l+/o

 

 

 

 

兄「…………………………………………」

 

兄「…………………………………………」

 

妹「兄さん……彼のことそんなに睨まないで!怖いよ!」

 

青年「あの、お義兄さん。初めまして。僕が妹さんと一緒に暮らしている者です。

   お義兄さんは魔王の息子さんだって聞いてたんですけど……」

   

兄「貴様ァ……」

 

青年「いやあ、本当、すごい迫力で、……ご挨拶が遅れまして本当に申し訳……」

 

兄「謝るくらいだったら最初からするな!!どう落とし前つけてくれるんだ? あー?」

 

青年「はははははい覚悟はできてますどどどどどうぞ首でもなんでも持ってってください」

 

兄「潔い男は好感が持てるぞ。よし、じっとしておけ」チャキッ

 

妹「だから、やめてって言ってるでしょ兄さん?」

 

 

スパーーン

 

 

妹「今、彼に変な催眠魔法かけてたでしょ? そういうの本当やめてね?大体彼がいなくなったらお腹の子はどうなるのよ?」

 

兄「お前……自分の兄になんということを。城を出て随分強かになったな」

 

青年「あ、あれ……?」

 

兄「しかし魔法と言ってもほとんど無意識のものだぞ。そんな微弱な術にかかってしまうとは情けない。

  人の造形のことは分からんが、体つきも顔も平平凡凡……それともなんだ?剣が扱えるのか?」

  

青年「へ?いや僕は剣なんて握ったこともありません。昔からパン職人として生きてきたもので」

 

妹「私たちみたいに魔法を使えないし、剣だって彼はできないけど、でもとっても優しいんだよ。 ……ねっ」

 

青年「あはは……ありがとう」

 

兄「……」ザンッ

 

青年「ヒイ!?」

 

 

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366 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/03/05(水) 20:27:28.07 ID:ZhI8/l+/o

 

 

 

 

 

兄「いいか、俺の前で妹とイチャイチャするな。さもなくば――殺す」

 

青年「は、はい」

 

 

 

少年「ねー女さん。これがシスコンってやつ?」

 

女「そうだよ」

 

 

 

兄「……まあお前のことなんてどうでもいい。ほら、駄々こねてないで帰るぞ妹!」

 

妹「だから帰らないわ! 私はもうすでに魔力もほとんどゼロ、魔族としても魔王の娘としてもできそこないよ。

  ここで生きると決めたの。彼と生きるって決めたから全部捨ててきたの」

 

兄「お前なあ!病床に臥している父上のことは気にならないのか!? 俺は父上に言われてお前を探しに来たんだ」

 

妹「……っでも、お父様だってもうこんな私のこと、娘だなんて思ってくれないに決まってる」

 

兄「娘だとハッキリ言っていた。お前を心配している。

  ……はあ、現場復帰した炎竜が太陽の国制圧の担当になったが……いまだこの国に攻撃の一つも仕掛けられていない理由が分かるか」

  

妹「……」

 

兄「お前がこの国のどこぞにいるかもしれないと思った父上が止めているんだ。

  病に冒され、もう長くない命にも関わらず、長年の野望だった大陸統一すら遅らせてお前の身を案じているんだぞ」

  

妹「……」

 

妹「大陸統一……それだけのために多民族を制圧……人と魔族が戦って血はどんどん流れるわ。……分かった、兄さん」

 

妹「このお腹の子を産んだら、一度そちらに帰ります。そしてお父様とお話する」

 

兄「そうか……」

 

妹「そして戦争を止める。人と魔族の間に休戦条約もしくは平和条約を結ぶことに私の全生命をかけてみせる」

 

兄「はっ!?」

 

 

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367 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/03/05(水) 20:28:59.65 ID:ZhI8/l+/o

 

 

 

青年「妹さん……」

 

妹「大丈夫。私なんかがお父様に意見するなんてって思ってたけど、だからって、私がここでのんびり暮らして、

  あとは兄さんに全部まかせるだなんてそんな図々しいこと言えないもの」

  

兄「待て。俺は一言もお前に協力するとは言ってないぞ。 俺は次期魔王として、人を支配下に置き……魔族のための世界を目指す」

 

妹「兄さん。兄さんは兄さんなんだから、無理してお父様のやり方を真似しなくていいと思うの。

  魔族のための世界なら、なにも戦争に勝たなくったって実現できるんじゃないの?」

  

兄「なにを……馬鹿なことを」

 

妹「目を逸らしてるだけだよ。本当は、必要ないなら人だって殺したくないって思ってる」

 

兄「……思っていない」

 

妹「だったらいいよ。私一人でお父様も兄さんもこれから説得する。覚悟しておいてね」

 

兄「…………」

 

兄「もうこんな時間か。俺は帰る。邪魔したな」

 

 

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368 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/03/05(水) 20:30:32.75 ID:ZhI8/l+/o

 

 

 

 

兄「一度城に帰って父上と会うと言ったのは本当だろうな」

 

妹「うん、本当だよ。ちゃんと守る」

 

妹「兄さん。また来てね」

 

青年「お義兄さん、今日は情けない姿ばっかり見せちゃいましたけど……」

 

青年「……僕が必ず妹さんを幸せにします!」ギュッ

 

妹「せ、青年さんったら」

 

 

ビュッ!!

 

 

兄「俺の前でイチャつくなと言ったはずだが……?」

 

青年「さ、さっきのはイチャついたうちに入るんですか……? 手を握っただけで……?」

 

兄「無論だ」

 

兄「……じゃあな」

 

 

 

 

少年「悪魔さん、魔王の息子なんだ。確かに怖かったもんなー」

 

男「いやいや……つーか妹ちゃんも魔王の娘だったのか」

 

妹「あ、うん。言ってなかったかしら」

 

 

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369 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/03/05(水) 20:31:08.02 ID:ZhI8/l+/o

 

 

 

兄(……そういえば。この地下集落は元々遺跡だったのだな。確かに妹の言う通り、壁にところどころ絵や文字が……

  しかしなんだこの文字は?見たことのないものだ)

  

兄(……まるで魔族の古代文字と人の文字が合わさったかのような、妙な文字だ。人間の歴史には全く興味がないが……)

 

兄(一体これは何の遺跡だ?)

 

 

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370 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/03/05(水) 20:34:24.43 ID:ZhI8/l+/o

 

 

 

* * *

 

 

雪の国 首都

 

 

僧侶「なんか勇者と剣士ちゃん、あの村出てから暗くね?喧嘩したのか?」

 

勇者「いや……」

 

剣士「なんでもないよ……」

 

 

ドンヨリ……

 

 

僧侶「なんでもない割にめちゃくちゃ空気が重いんだが。なにこれ息苦しい!狩人ちゃんヘルプ!」

 

狩人「なにかあったですかね」

 

僧侶「もうこうなったら俺たちが場面を明るくするしかねーな!!よっし狩人ちゃん一緒に愛を育もゾゴフェッ」

 

狩人「二人とも……絶対元気ないです。どうしちゃったですか?何があったのですか?」

 

勇者「……本当になんでもないんだ!いやーむしろ元気がありあまって、逆にないように見えるっていうそういう現象じゃないかなっていう」

 

狩人「なんですか……そのふわっとした弁明は……」

 

剣士「うん!!そうだよ!!アドレナリンでまくりのハイパー元気モードだよ!!ひゃっほー!」

 

狩人「は、はあ」

 

勇者「あ。もうついたね。じゃあ会おう。雪の国の女王と」

 

 

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372 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/03/05(水) 20:37:12.25 ID:ZhI8/l+/o

 

 

 

 

氷の宮殿

 

 

女王「よくぞ参った。我が国の危機に駈けつけてくれたこと、まことに感謝する」

 

勇者「お目にかかれて光栄です。女王様」

 

女王「旅の疲れを癒す間もなく申し訳ないのだが、さっそく雪の塔攻略のための作戦会議を開きたい。

   もう貴殿らに同行する兵士たちの選抜は済んでいる」

   

女王「我らの神の塔を奪還するために力を貸していただきたいのだが、よろしいか」

 

勇者「勿論です」

 

女王「ありがたい……。ならばこれを貴殿に渡そう」

 

勇者「これは……?」

 

剣士「薬?」

 

女王「雪の塔が毒霧の向こうの海に沈んでいることはもうすでに聞き及んでいるだろう。

   あの毒は人間が耐えられるものではない。下手したら5分で死ぬ」

   

女王「我らの兵も随分あの毒にやられたものだ……しかし、倒れたからにはただでは起きぬ。

   死んだ兵の体を解剖して、毒への特効薬を作った。いま貴殿らに渡したものだ」

   

女王「ただし、薬の効果は1時間だけだ。1時間で塔を攻略し、最奥にいる四天王のヒュドラを倒してもらいたい。

   無茶を言っているのは承知の上だ。できぬのならできぬと言ってくれてかまわん」

   

女王「どうだ、勇者。そしてその仲間たちよ」

 

 

 

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―――――

――

 

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373 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/03/05(水) 20:40:08.66 ID:ZhI8/l+/o

 

 

雪の国 魔法学院 研究室

 

 

 

勇者(たった1時間……)

 

勇者(太陽の塔を攻略した時には丸一日かかった。1時間でやれるのか?)

 

勇者「ってもう返事はしちゃったんだけど」

 

 

パラパラパラ……

 

 

勇者「やっぱりここにも資料がないか……」

 

若い研究者「勇者様、見つかりました? その魔法の詳細は?」

 

勇者「いや、どこにもないみたいだ」

 

研究者「うーん。学院中の研究者に訊いてまわってきましたが、誰もその呪文のこと聞いたことないって言ってました。

    その魔法書、どこで手に入れたんですか?」

    

勇者「……ちょっと道端で」

 

研究者「あの、誤魔化し方があんまりじゃないですかね……言えないならそう仰ってくれていいですよ」

 

 

 

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374 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/03/05(水) 20:43:54.08 ID:ZhI8/l+/o

 

 

 

勇者(太陽の国の王立図書館地下で、魔剣とともにあった魔法書……

   その最後のページに書かれている2つの呪文のうちひとつ)

   

勇者(使えることには使えそうだけど、何も説明が書かれてないのが怖いな。攻撃呪文なんだろうけど)

 

勇者(でも、雪の塔に行ったとき、もし何かあったらこれで……)

 

 

研究者「3日後、塔へ行くんですよね」

 

勇者「あ、うん」

 

研究者「……この王都も、昔はもっと栄えてたんですよ。

    毎日人がいっぱいで、賑やかで、お店いっぱいあって」

    

研究者「実は今日は砂糖菓子の日なのです」

 

勇者「なにそれ?」

 

研究者「愛する人に砂糖菓子を贈る日です。まー商人の利益のために作られた日と言っても過言ではありませんが、

    それなりに昔は毎年この日には、どこもかしこも甘い香りでいっぱいだったんですよ」

    

研究者「それが今では……」

 

研究者「この閑散とした有様ですよ。全部魔族のせいです。あいつらが……。

    勇者様、気をつけてくださいね。魔族は強いですよ」

    

勇者「……分かった」

 

 

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375 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/03/05(水) 20:47:31.04 ID:ZhI8/l+/o

 

 

 

宿

 

 

 

勇者「……?」

 

剣士「あ おかえり!どこ行ってたの?」

 

勇者「なんでエプロン?」

 

剣士「ああ!なんかさ、今日ってこの国では特別な日みたい。

   宿屋の人がキッチン貸してくれたから久しぶりに料理やってみたんだよ。ね、狩人ちゃん」

   

狩人「はい」

 

勇者「ああ、あの研究者が言ってた……」

 

僧侶「いやー剣士ちゃんがお菓子作り得意だったなんて意外だなー!!

   家庭的な女の子っていいよねー!!俺そういうギャップすげーいいと思う!!」

   

僧侶「それに狩人ちゃんも、この鳥の丸焼きすげーおいしいぜ!!

   砂糖菓子の日にも関わらずこのチョイス、そういうアグレッシブなところ好きだぜ俺!!」

   

狩人「羽むしるの……得意……」

 

僧侶「たくましいなー!!さすがだ狩人ちゃん!!」

 

剣士「勇者もテーブルに座ってね」

 

勇者「あ、ああ」

 

 

 

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376 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/03/05(水) 20:54:11.80 ID:ZhI8/l+/o

 

 

コトッ

 

剣士「はい。 煮物」

 

勇者「……」チラ

 

僧侶「剣士ちゃんが作った桃のタルトおいしいなーっ!!」モグモグ

 

勇者「……」

 

勇者「なんで!?」

 

剣士「え!? だって勇者甘いの嫌いじゃない」

 

勇者「ぐ……………………好きだよっ、三度の飯より好きだよ!

   最後の晩餐には砂糖を食す所存だよ!!」

   

剣士「えー!?王都にいる間に味覚変わったの? そんなことってある?」

 

勇者「余裕であるよ」

 

 

――――――――――――――――――――――――――

377 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/03/05(水) 20:59:39.95 ID:ZhI8/l+/o

 

 

 

勇者「……甘くておいしいな。疲れが癒されるっていうか」カッチャカッチャカッチャカッチャ

 

剣士「ねえ、やっぱり無理しなくていいよ。紅茶3杯目じゃん」

 

勇者「無理って……何が?」カッチャカッチャカッチャカッチャ

 

 

狩人「煮物おいしいですよ」

 

剣士「狩人ちゃんが褒めてくれるの珍しい!やった!激レア!」

 

狩人「……なんでしたっけ……今日。 惣菜の日?にふさわしいと思いますが」

 

僧侶「んー惜しい!ニアピンだな!だから狩人ちゃんは鳥の丸焼きを作ったんだな!!納得!!」

 

 

 

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378 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/03/05(水) 21:02:31.13 ID:ZhI8/l+/o

 

 

 

『…………

 

 …………

 

 …………そんな感じで雪の国の王都に来ました。

 

 太陽の国と違って、王都なのになんだか寂しい雰囲気が漂ってました。

 

 たぶん天気のせいじゃないと思うんですけど……。

 

 人も少ないし、お店は閉まってるところが多いし、

 

 通りを歩く傭兵さんと兵士さんと騎士さんは常にピリピリしててなんかちょっと怖いです。

 

 でも元気出さなくちゃだめですね! 明後日雪の塔に出かけます!

 

 1時間以内に全部やらなくちゃいけないんですけど、1時間は60分で、60分は3600秒なので

 

 そう考えるとなんかできそうな気がしてきます!

 

 では私はこの辺でペンを置きます。そろそろ剣の稽古しなくちゃ。

 

 

                 愛をこめて     NINA   

                 

                 

                 

 PS 便箋が余ったのでみんなにも書いてもらいました』

 

 

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379 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/03/05(水) 21:03:29.81 ID:ZhI8/l+/o

 

 

『もしこの手紙を読んでいるのがお嬢さんなら、

 

 今すぐ以下の住所に返信ください! 待ってます!

 

 俺はいま雪の国の王都の宿屋にいるのでいつでもウェルカムです!!

 

 

 雪の国王都南区~~~・・・・・

 

 

 ↑ 手紙読まれるのいつだか分からないんだから意味ないんじゃないかな

 

     ↑ うっせーボケ 勝手に書くな 

     

                           僧侶より』

      

                     

――――――――――――――――――――――――――                          

380 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/03/05(水) 21:04:40.11 ID:ZhI8/l+/o

 

 

 

『今日やること

 

 弓の手入れ。

 

 薬草を買いに道具屋に行く。

 

 夕方から傭兵たちと作戦会議。

 

 矢の補充。

 

                        狩人ちゃんメモ用紙じゃないんだけど……

     

                     

 

                                 』

                                 

                                 

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381 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/03/05(水) 21:08:09.69 ID:ZhI8/l+/o

 

 

 

 

『知らない人に手紙を書くって難しいですね。

 

 しばらく悩んだんですけど全然内容が思い浮かびません。

 

 そういえば旅に出てから村に手紙を書いてないや……

 

 塔から帰ってきたら書こう。……えーと 終わりでいいですか。なんだろこれ。ごめんなさい。

 

                

 

                       もうちょっとなんか書けよ!

                      

 みじかっ

 これで終わりなの!?

 

 

 

 あとは二人がなにか書いてくれよ。    H.     』

 

 

 

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382 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/03/05(水) 21:09:14.61 ID:ZhI8/l+/o

 

 

 

「……っていう手紙だ。子どもたちが川で拾ってきた。よければあなたに差し上げよう」

 

 

手渡された紙のガサガサした質感を確かめる。

突然の嵐に見舞われ、森をさまよっていたところに偶然辿りついた館で、

まさか3通目の手紙を見つけることになるとは思わなかった。

 

 

迎えてくれたのは二児の父だという魔族の若い男だった。

だが実際の年齢は推し量れない。魔族は肉体の成長速度が人間とは異なる。

落ち着いた身のこなしや話し方から、けっこう年を重ねているのかもしれない。

 

その淡々とした話し方で読まれた、この若干ふざけた手紙は

笑いをおさえるのに少しだけ苦労した。

 

 

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386 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/03/07(金) 23:38:30.05 ID:56zTJTcjo

 

 

 

「泊めて頂いてありがとうございます。あのまま嵐の中森をさまよう羽目になっていたかと思うと恐ろしいです」

 

「いや、こちらこそ感謝している。薬作りを生業にしているあなたのような方が通りかかってくれて幸いだった」

 

 

男が窓を開けると、湿りを含んだ風が一迅舞い込んできた。

嵐は旅人にとって脅威に等しいものだったが、それが過ぎ去った後に吹く朝の風の香りに勝るものはない。

 

もう火の灯っていない暖炉の横で、くつろぐ犬の背を撫でているとリビングの扉が開いた。

 

 

「ああ、おはよう」

 

「おはよう」

 

 

薬師の腰くらいの背丈の少年が、犬を見るなりびゃっと寄ってきて「触っていい?」と訊いてきた。

犬の尻尾がゆらゆら揺れるのを見て、クスクスと小さな声で笑っていたが、それでも途中から咳き込みだした。

 

 

「大丈夫か?」 

彼の父が背中をさすってもしばらく咳は止まらなかった。

 

 

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387 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/03/07(金) 23:41:13.69 ID:56zTJTcjo

 

 

 

双子の息子と娘は生まれたときから重い肺の病に悩まされているのだと

昨晩暖炉の火の前でこの男は言ったのだった。

何故こんな山奥に館を構えているのかと尋ねた薬師への答えだった。

 

肺の病だと分かってから、できるだけ清浄な空気が吸える環境の方が好ましいだろうということでここに越してきたそうだ。

「妻も同じ病だったんだ」

魔族の男はそう言って、寂しげに息を吐いた。

もしかしたら、子どもたちもあんまり長くは生きられないかもしれない……。

 

 

「あんたの調合した薬飲んだら、昨日の夜あんまり息が苦しくなかったよ。ありがとな」

 

「よかった。じゃあたくさん作っとこう。足らなくなったら鳥を飛ばしてね」

 

「薬師さんもう旅立っちゃうの?」

トンと背中に軽い衝撃を感じて顔を向けると、双子の姉の方がいつの間にか後ろにいた。

 

 

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388 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/03/07(金) 23:41:49.85 ID:56zTJTcjo

 

 

 

「もう少しいればいいのに」

 

「起きるの遅いなあ。寝坊だ、寝坊」

 

「ちがうよ!髪の毛整えてたんだもん」

 

 

仲睦まじい双子の頭を撫でてから立ち上がる。

そろそろ出発しなければならない。

 

 

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389 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/03/07(金) 23:44:16.03 ID:56zTJTcjo

 

 

 

親子に見送られてまた森林の中の道を歩き出した。

空を覆うように枝を伸ばした広葉樹の青々とした葉っぱから時折雫が落ちて、彼の鼻先やつむじで弾けた。

 

次は西に行こうか東に行こうか迷ったところで、ふと雪の国に行ってみようかと思いついた。

確か先ほどもらい受けた手紙に、雪の国の宿屋の住所が書いてあったはずだ。

 

 

どうせ行き先の無い旅だ。気ままに進路を変えてみるのもおもしろい。

彼は「若いお嬢さん」ではなかったが、彼らが百年前に泊まった宿に行ってみることにした。

 

 

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390 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/03/07(金) 23:45:30.55 ID:56zTJTcjo

 

 

国境を越え、大雪原を越え、村々を経由して約1年。

常人より時間がかかってしまったのは致し方ないことだった。

やっとのことで薬師は雪の国王都に辿りついた。

 

 

「ほんとうに、いつでも雪が降っているんだな……」

 

 

彼が生まれた太陽の国に雪は降らない。

だから一体雪というのはどんなものなのか、いろいろ想像を膨らませてはいたが

実際来てみると氷より断然柔らかく、触れても雨のように体が濡れず、それは予想をはるかに超える不思議さだった。

 

 

しかし半年以上も雪の国にいればその驚きも不思議さも日常に溶け込んでしまって

今では寒さに身を縮めるばかり。

白い息を吐く彼の横でオリビア(旅のお供の犬)だけが元気に走り回っていた。

 

 

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391 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/03/07(金) 23:50:20.40 ID:56zTJTcjo

 

 

 

そして肝心の宿屋はどうなっていたかというと。

 

 

「なんか勢いだけで来てしまったけど……冷静に考えれば、百年前の宿屋が残ってる可能性なんて微々たるものだよなあ」

 

 

百年あれば町も人もがらっと様変わりする。ましてや王都だ。

あんまり期待をしないでその住所に向かってみると、意外や意外、まだ宿屋はあった。

 

 

「そう。ここは人魔戦争の勇者が泊まった宿だ。2階の奥の部屋。見てみるかい?……あ、悪いな」

 

 

勇者が泊まった宿なのだから、相当豪奢な宿なのだろうと思っていたが

これまた予想外にこじんまりとした簡素な宿だった。予想を外してばかりの彼だった。

 

 

「気のいい連中だったらしいよ。俺は父に、父はじいちゃんに、じいちゃんはひいじいちゃんにそう聞いたんだ。

 キッチンを貸してほしいって言ってきたから貸したら、そこで女の子たちが仲間に料理をふるまってたって」

 

「けっこうのほほんとしてる4人だったから本当に勇者一行なのかって、ひいじいちゃんが内心疑ったくらいだったってさ」

 

 

宿屋の男のお気に入りの話なんだろうか。

近くのテーブルに座っていた者たちの輪から「またはじまった」とからかいまじりの呆れ声が聞こえた。

 

 

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392 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/03/07(金) 23:51:36.91 ID:56zTJTcjo

 

 

 

「でも、その人たちが魔族に奪われてた雪の塔を見事奪還して来たんだから驚きだ。

 あ……悪いね、そこの魔族の旦那さんら。ちょっとした歴史の話だから許してくだせえ」

 

「じゃあこの料理の値段、半額に負けてもらおうか」

 

 

店内からどっと笑い声があがった。

「それは勘弁してくださいよ……」と宿屋の男がヒイイとおどけてみせる。

 

 

「でもね、大変だったのは、その後ですよ、後。薬師の旦那」

 

「うわっ!!」

 

 

急に耳元で宿屋のささやき声が聞こえたので、自分でもびっくりするくらい驚いた。

いきなり近づくのは本当にやめてほしい。

 

 

 

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393 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/03/07(金) 23:53:31.41 ID:56zTJTcjo

 

 

 

「た、大変って、何がですか?」

 

「塔から帰ってきた後……痛ましい事件が……。 おっと、こっから先はお食事中の皆さんに失礼ですね」

 

 

続きはまた後で。

そう言い残して宿屋は奥にひっこんだ。

 

 

 

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394 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/03/07(金) 23:54:42.21 ID:56zTJTcjo

 

 

 

* * *

 

 

 

カチャッ……。

 

カチャ。

 

 

「どこで間違ったのかなって」

 

「ずっと考えてるよ」

 

 

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395 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/03/07(金) 23:57:25.69 ID:56zTJTcjo

 

 

 

「あのときか……それとももっと前のあの瞬間か。もしくはもっと前」

 

「いつもそうやって遡って、その度気づくんだ」

 

「生まれてきたことがそもそも間違いだったんじゃないかって」

 

「……」

 

「生まれなければよかったね」

 

「あはは」

 

「ごめんなさい」

 

 

 

カチャッ。

 

 

 

「あー」

 

「そうだね。君だけが……」

 

「………………」

 

 

 

 

「……しずかにね……」

 

「よくみていて……」

 

 

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396 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/03/07(金) 23:59:16.49 ID:56zTJTcjo

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「も」

「う」

「す」

「ぐ」

「だ」

「よ」

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397 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/03/08(土) 00:03:46.90 ID:a4kotlCzo

 

 

 

第六章 深海のスノータワー

 

 

 

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398 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/03/08(土) 00:05:40.53 ID:a4kotlCzo

 

 

 

雪騎士長「塔攻略に許された時間はたったの1時間のみ。ゆえに我らができるだけ前に立ちふさがる敵どもを排除します。

    勇者様たちは我らに構わず塔の最奥へお進みください!」

    

雪騎士A「俺たちの屍を越えていってください!」

 

勇者「……分かりました」

 

雪騎士B「俺たちの死体でできた血濡れの懸け橋を渡っていってください!!」

 

僧侶「いやな言い方すんなよ……つうか死ぬなよ」

 

 

 

雪騎士長「ここです!ここが塔への入り口。みな行くぞ!!」

 

剣士「塔って……塔なんてどこにもないよ」

 

雪騎士長「ここ一帯の魔族は水棲なのです。かつて地上にあった塔も今は深海に沈んでいます。

     でも安心してください。塔の中には空気があるようなので」

     

 

剣士「なんか見るからに毒!!って感じの空気の色だけど、今のところ私たちちゃんと生きてるよね」

 

雪騎士A「……」

 

剣士「えっ もしかしてもう私死んでる?」

 

狩人「生きてます。薬のおかげですね」

 

雪騎士B「むっ!!」

 

 

水蛇ABCが襲いかかってきた!

雪騎士Bが抑え込んだ!

 

 

雪騎士B「ここは僕たちにまかせてください!」

 

 

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399 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/03/08(土) 00:07:21.90 ID:a4kotlCzo

 

 

ぐああああっ……

 

     うおおぉぉぉっ……!

 

 

 

バキボキゴキッ……

 

「あああああぁぁぁぁぁぁぁ……」

 

「しにたくない……しにたくない……!」

 

 

勇者「……っ!!」

 

狩人「勇者、進んで」

 

勇者「でも!」

 

狩人「時間がない。あと45分。まだ塔の半分も行ってない」

 

勇者「……っ」

 

 

タッタッタッ……

 

 

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400 : ◆TRhdaykzHI [saga]:2014/03/08(土) 00:08:18.25 ID:a4kotlCzo

 

 

 

ビチャッ

 

魚人族長「来たか……勇者。お前が……あの娘たちを食らったのだな」

 

魚人族長「仇をとる。来い」

 

 

 

 

 

 

 

魚人族長「~~~~……~~~、~~~~~」

 

僧侶「なんだこいつ。強そうな奴がでてきたぞ」

 

剣士「何か言ってるけど……?」

 

雪騎士長「ここは私が引き受けましょう。勇者様たちは先に!!」

 

雪騎士長「うおおおおおおおおおお!」

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